2010年02月17日

吉報二つ

高円寺で酔っ払いの女の命を救った24歳の若者は本当に偉い。偉すぎる。
鳩山も小沢も脱税や収賄ばっかりやってないで表敬訪問でもしろ!新聞も一面で扱いなさい。五輪どころの騒ぎではない。

話は変わるが畏友・小栗銀太郎氏の芝居が面白いのでお勧めである。21日まで。

2010年02月05日

生きてまーす

持つべき者は友人で、このブログのほったらかし加減から「さては重度の鬱か」「死んだのか」「生きてるなら一杯飲ろうぜ」といった声をかけて下さる奇特な方々も中にはいて下さる。心より御礼申し上げる。
で、だいたい皆さん、私がグダグダと現状(弱ってるのである、総合的に)を述べると、「いいから早く書けよ」「てめえが演れよ」といった感じで、最後は千鳥足で散会に至るというケースが多い。

ま、も少し待ってて頂戴。特攻隊、靖国、ちょっとキツイっす。

2009年12月09日

お詫び

9月の公演後、しばらく体調を崩してしまっていた。
ブログの更新もすっかり滞ってしまった。お待ち戴いた方々にお詫び申し上げる。

まだ完全に回復したわけではないが、ぼつぼつ更新を再開していきたいと思う。

不調の理由は、一つには9月の公演で、やはり私は燃え尽きたのである。
ただ、その燃え尽き方が今回はやや変わっていて、単に燃え尽きたというより、何かこう、火傷の跡のようなものが心に残ったとでも言おうか。
で、正直に言うが、相当の無気力状態に陥ってしまったのである。

もう一つ、そんな無気力状態だというのに、不思議なもので、新作の構想だけは、9月の公演が終わった瞬間、堰を切ったように、私の脳内にほとばしり始めたのである。
この新作、前から書いているように「靖国神社」「特攻隊」に取材するつもりなのだが、それはつまり、現代日本人としての自己の生き様や天皇観が、いっさい丸裸にされてしまうということ。己は無傷なまま靖国だの特攻だのを取り上げるわけには行かないのだ。
こういう精神状態が、たまらなく疲れるのである。

『英霊の聲』なんて小説を読みながら、これを死の直前に物した三島由紀夫という人の心境を思ってみたりする。
こんな具合であるから、このところ、ニュース一つ見ても鬱の元である。ちなみに今の首相は最悪で、あれならその辺の中学生でももっとマシな首相が務まる。
あな、もの憂、という感じなのである。

2009年10月04日

野暮を恐れない

公演が終わった。
稽古開始が今年7月。企画開始が去年9月。
どうしてもボーッとしてしまう。残務整理も終わっておらず、そんな暇はないのだが。
銀行に来て、ぼんやりテレビを眺めていたら、原研哉さんと爆笑問題の対談をやっていた。
日本の美意識は応仁の乱以後だとか何だとか、よくは聞こえなかったがそんな話をしていたようだ。その後で、太田光さんが「間」の話をし始めた。世間、人間、どこを見ても日本は「間」だ。ミヤコ蝶々も「間」が命だと言っていた。確かそんな話だったかと思う。
その「間」というものが、しかしある時とんでもない化け物になってしまって、個人というものを脅かし始める。それを阻止するために、俺は「野暮」ということを嫌いたくない、と、そんな風に氏の論旨は発展していった。

今申楽とは何かということと、重なるところの多い議題であったように思う。
「間」を重んじるあまり、行間とか空気とかを察することが当然の態度として期待され、結果、何か大切なものがほったらかしにされる。皆なんとなくわかったような気になって日々やり過ごしているが、実は、問題の所在さえもうやむやのままになっている。そんな風景が、この国にはよくある。他の国にもあるのだろうが、特にこの日本という国にはある気がするのである。
野暮と言ってしまえば、今までに朧座で上演してきた『香炉峯』『修禅寺』、ともに野暮な話ということになるのだろう。しかし、私は枕草子に触れ、あるいは伊豆修禅寺に残された経文の奥書に接し、そういう野暮な劇を仕組まないではいられなかった。
清少納言や北条政子らにはいい迷惑かも知れぬが、それが要するに私の性というものなのだ。

さて、公演の残務整理も終わっていないというのに、どうしたことか、新作の想がこの三日ほどであらかた決まってしまった。あとは書き出すだけ、という状態である。公演の稽古が忙しくなるとともに、新作の構想は中断せざるを得なくなっていた。つまり、その間、うまく発酵していたのだろう。稽古で得たことどもが、またその発酵を促したのだと思う。
日本史上、最も野暮な話になることはもはや疑いがない。私を含む国民みなが耳を塞ぎ目を隠し、「そんなことはいまさら野暮さ」というすまし顔して、この60余年やり過ごしてきた。否、時折、すまし顔なんぞはできぬという性質の向きもあるが、こういう人々は人々でやたら街宣車を走らせたりなどするものだから、やっぱりどこかで私とは相容れないものがある。多分、彼らは私の作品を見て、「そんな野暮な取り上げ方では、ご英霊に申し訳が立たぬ」という感想を持つのではなかろうか。
野暮で結構。とことん野暮に参ろうではないか。

先の戦争を知る方々にもご覧頂きたい。少し、急ぎ目に行くとしようか。

2009年09月13日

絶望しない

例えるなら、一昨日あたりのことが1週間くらい前のように思える、そんな日々。
希望と不安が錯綜する中、本番の足音は否応なく迫りつつある。

まあ、いつものことといえば、いつものことではあるのだが。

稽古場でつくづく感じていること、それはとりもなおさず
「日本文芸史における近代と前近代との圧倒的断絶」
である。この溝の深さは、一見、絶望的である。

だが、しかし、私は絶望しない。
なぜならば、我々が創っているのは「今」申楽なのだから。

実のところ、私にとって、今ほど魅力のない時代はない。
私を「生まれてくる時代を間違えた」と評する人があるが、その通りかもしれないと思う。
懐古趣味に耽溺するつもりなど、さらさらない。
単純に、近代人はあまりにも日本文芸の伝統を忘れ過ぎている。ただその一点と言ってよい、私の主旨は。

なるほど、私が生まれる前、確かにこの国は敗れてしまったらしい。
虚ろな時代に生まれついたものだ。

だが、まだ、この国の言語は辛うじて生きている。生きているはずだ。
その思い一つを糧に、私は今、稽古場に立っている。
「今」申楽を創り続けている。

伊豆修禅寺の宝物館で見かけた、ある経本の末尾に付された1行の文字列。
それが、私を支えている。
果たすべきことの大きさを思えば、些事にかまけている場合ではない。
まもなく、本番を迎える。
是非、多くの方に見届けて戴きたい作品である。

2009年08月19日

申楽とは何か

昨日は出演者と鎌倉見学。
鎌倉には、『修禅寺』の公演の度に来ている(過去2回)が、今回初めて江ノ島に足を伸ばした。ここは、話に直接の関係がないので今までは割愛してきたのだが、行ってみて正解だったと思う。源氏にとって鶴岡八幡が欠かせぬ存在であるように、北条氏にとってはここ江ノ島が極めて重要な位置を占めているのだ。島内の随所で見かける北条氏の家紋・三つ鱗がそれを物語る。
殊に、奥津宮のさらに奥にある江ノ島岩屋の存在が、私には台本執筆時からどうも気になっている。ここは、実は富士の人穴とつながっているという伝説があるのだ。
富士の人穴…浅間菩薩…江ノ島弁天…北条政子…。
あるいは、これらが一直線上につながる可能性もある──などというと、これはもうほとんど諸星大二郎の世界になってくるわけだが、白状すると、私は『修禅寺』初稿時から「くさい」と思っている。
ほんと、富士山とか、爆発しないで下さいね。
そして今日は稽古オフ。製作関係で走り回る1日。その合間に、改めて考えた──申楽とは何かという問題を。

思えばこの1週間の稽古、私は己の申楽、それも今の申楽を求めてあなたこなたを随分とさまよった。

明日からの稽古で、私はそれを結果にして行く。

2009年08月05日

稽古場日誌

なるものを、つけてみたこともあった。『修禅寺』初演時である。
それはそれで、ある種の意義も達成感もあったのだが(確か、悪ノリで、途中北条政子になって書いたりした記憶がある)、その時以来、とんとご無沙汰している。
またいつかつけてみようかな、などと思いつつ、今回の稽古に入ってから早くも半月あまりの日々がうち過ぎてしまった。
稽古場日誌は、微妙である。作・演出としては、やはり、気軽には綴り難い部分もあるのである。
いーじゃん、作・演出で、しかも気軽に綴っちゃえば。という声が聞こえそうだが、ごめんなさい、そういう性格でないんです。
でも、頑張って、少しは更新率を上げようかな、などと思ってみたりもする。思っているだけかもしれない。
ちなみに、声役の田渕正博さんの稽古場日誌はこちら
田渕さんの稽古場日誌は、面白い。私は、田渕さんの芝居がある時にはよく読むのだけれど、さすがに今回ばかりは目を通すのがちょっと怖い。
いーじゃん、気軽に読めば。という声が聞こえそうだが、ごめんなさい、そういう性格でないんです。

性格変えよかな…

2009年07月28日

現状報告

◎9月の『修禅寺』の稽古が始まった。
このブログにもしたためたいことは山のようにあるのだが、毎度の事ながら言い訳させて戴く、いかんせん時間がない。げにげに、草鞋の履き過ぎは禁物である。
ほんと、ごめんなさい。

◎そんななか、先日、伊豆修善寺温泉の頼家祭りを見物。私もお寺様や地元の皆様のあとから、頼家公・十三士墓前にて御焼香に加わらせて戴いた。
妻若狭局・子一幡を従えての頼家行列。
地元の方々の心尽くしのお祭りに、頼家公も十三士も喜んでいるのではないかと私は思う。
さるホテルで自転車をお借りし、ようやく奥の院にも公演のご報告に参じることが出来た。

◎稽古は目下のところ、探り探り、しかし少しづつ、前に進んでいる。
やはり語りの問題があるのだと、このところ気付かされた。基本的には、本作『修禅寺』においては語りの文体を敢えて排し、極力、会話劇の手法で書いたつもりであったのだが。
しかし、本質的にはやはり語り物であるらしいのだ。これは私にとって嬉しい発見である。
だって、私は結局のところ、語り物がやりたいのだから。
前近代の日本の演劇が総じて持っていた語り物の伝統を、黒船にもめげず、原爆にもめげず、私は現代日本演劇の庭に接ぎ木したいと思っているのだから。
これは、私一人の儚い希望などでは決してない。

◎先日の稽古で、「しおり」「もろしおり」という能の型の話が出た。
片手で泣いて見せる「しおり」だけで十分にかなしみの表現なのであって、これが両手を挙げて泣く「もろしおり」となると最高のかなしみ、あまりにも強烈なかなしみになってしまうということを役者に話すと、混乱させないでくれ、だったらあそこは現状の「しおり」的演技より「もろしおり」的演技の方がいいんじゃないか、というような話になった。そういう込み入った話になって、ようやく演出として気がついたことがある。
いささか話が専門的になり恐縮だが──、それは「日本の演劇」というものを私なりに考える上で、実に示唆に富む発見だったのである。

2009年06月30日

かくありたい

近所の安くて美味い回転寿司屋。人気の店で、私も常連である。
そこの店長、見かけだけで言うとほとんどヤクザのような感じである。ただし怖いという感じはまったくしない(だいたい怖かったら行かない)。しないのだが、しかし、ほんと、見かけはヤクザそのものなのである。「あ、ヤクザが勘定してる」「お、今日はヤクザがじきじきに握ってやがるぞ」などと思いながら、こちらはいつものように寿司をパクついているわけである。
さて、この店にはスタンプカードがあって、1000円ごとに1回、スタンプを押してくれることになっている。で、昨日私が飲み食いして勘定してもらったところ、1700円くらいだったのだが、よく見ると、そのヤクザは2回、スタンプを押してくれているではないか。
極めてなにげなく、さりげなく、ポポンと押すものだから、うっかりすると、いやうっかりしていなくても、まあ見過ごしてしまいそうな、しかしこれはサービスなのであった。
「ああ、おまけしてくれたんですね。ありがとうございます」
と、私があんまり他のお客に聞こえない程度の小さな声で言った刹那、そのヤクザ、いやもう店長という言い方に戻すが、その店長が浮かべた恥ずかしそうな照れ笑いと言ったら、もうそれはそれは、ちょっと筆舌に尽くせぬような、とにかく満面の照れ笑いを浮かべ、そのドスの利いた声で何やらゴニャゴニャと短めの言葉を発して(たぶん「ええ、まあ」みたいなことを言おうとしてちゃんとした文字列音韻に至らなかったのであろう)急くように私を送り出したのであった。

ああ、美味かった。

2009年06月08日

自分の作品を練り続けていられる幸せ

今度の9月に上演する『修禅寺』は、仏教の話である。
北条政子と源頼家。現代人となんら変わらぬ問題だらけのこの親子が、形ばかりの出家者から、本当の意味での仏に近づいて行く。その過程を描いた物語である。
という、たったそれだけの事に、3度目の上演にして初めて気が付いた。
これは、私以外の演出家であれば、実はすぐに見抜けたことなのかも知れない。自分の書いた台本に対し、真に客観に徹することは簡単でないとつくづく思う。作と演出を兼ねることに批判的な立場があることや、作・演出の兼任を認めるかわりにドラマトゥルク(ドラマターグ)を立てるやり方があることなどが、それを物語っている(朧座は後者)。
言ってみれば、自分の書いた台本は我が子も同然で、なかなか子離れが出来ないのだ。それが、3度目にして、ようやく少しはへその緒が切れてきたという感じ。
なんだか親馬鹿な文章でごめんなさい。

とにかく、『修禅寺』は、仏の話なのである。
書いた私が言うのも変だが、タイトルを見ただけで気付けよ俺、という心境である。
というわけで、最近、仏教に関心を持っている。

仏教は面白い。否、有難いという方が適切か。
仏の説いた教えであり、かつまた、自らが仏になるための教えでもある。
仏像だけじゃなく、お経の一文字一文字が、既に蓮の上の仏である。
などなど、おい、そんなの、学校じゃ一言も教わらなかったぞという感じで、日々、目から鱗である。昔、京都の寺で口から仏像を吐いている坊さんの像を見かけたことがあったが、ああ、そんな深い意味があったのか…と、驚きの連続。

自分の作品を練り続けていられる幸せを噛み締めている。
本作に関わって下さった方々、これから関わって下さる方々、もちろんお客様を含めて、全ての皆様に感謝致します。