2010年09月02日

2度目の沖縄訪問

先月27日から今月2日にかけ、行楽と新作の取材とを兼ねて沖縄に行ってきた。一昨年の夏に続き、2度目の訪問である。
31日には帰京の予定が、台風7号の直撃で延期を余儀なくされたのも、沖縄的といえば沖縄的な体験であった。ほうぼうに迷惑をかけることになってしまったが。
主に訪れたのは、久高島、奥武島、本部半島、古宇利島、美ら海水族館、塩屋湾海神祭(ウンガミ)、東村内、宜野湾市内、エメラルドビーチ、瀬底島、国際通り近辺、知念半島、喜屋武岬・平和の塔、波上宮、波の上ビーチ、護国寺、陸上自衛隊那覇駐屯地である。

美しい自然の中でシュノーケリングや乗馬、それに地元の味を楽しんだ。
しかしながら、例によってというべきか、とんでもない体験もどうやらしてしまったようである。
その内容をここに詳らかにすることは、おそらく憚るべきなのだろう。今はただただ、朧座に課せられた使命の大きさを思いつつ、先の大戦で犠牲となられた方々の御冥福をお祈り申し上げる他はない。
「戦争は終わってなどいない」という、ただただその一事を噛み締めつつ、沖縄を後にした。
そして、飛行機の窓から、どこまでも青い海と空とを眺めつつ、改めて、昭和20年5月25日、このあたりに散華した第55振武隊K少尉の辞世の歌を思い出していた。

私は新作を書き始めた。

2010年08月19日

演劇に携わっていて良かった

去る8月15日、赤坂ACTシアターにて倉本聰作・演出『歸國』を鑑賞した。
素晴らしい作品だった。
ご出演の梨本謙次郎さんも水津聡さんもとても良かった。
終盤近く、主人公の妹が声だけで登場する場面があったが、能の面や作り物の手法を使えば、妹役本人を舞台上に出すという手もあったと思う。が、そんな細かい話はさておき、あっという間の2時間だった。ついつい同業者感覚を忘れて見入る、こんな気分を味わえたのは久しぶりだ。
自分も演劇に携わっていて良かったと思い出させてもらった。

「8月15日もの」としては、なかなかこれを越える作品を創るのは難しいだろうと思う。

ここで野暮を承知で白状すれば、数年前の私は、実はこういう作品が創りたかった。
日本兵がフジツボ付きの牛蒡剣で内閣顧問の東大教授を刺してしまうくだりなど、ほとんど同じことを企んでいた。もっとも私の場合は、フジツボ付きの零戦が首相官邸に突っ込んでくるという場面を思い描いていたのだが…。

だが、いつしか構想を練るうちに、私はその当初の案からだんだん離れていったのだ。たぶん、ある「英霊」の導きだろう。そして今では、だいぶ様変わりした案を温めている。
もうすぐ、産声が聞こえるのではないかと思う。

倉本さんはじめ皆様には心からの拍手を送りたい。
そして、私はともかく私の球を投げるしかないのだと、改めて誓った。

2010年08月16日

この年のこの日にもまた

靖国のみやしろのことにうれひはふかし、と、先帝が詠んだその日が、今年もまた過ぎた。

今上天皇の最大の務めは靖国親拝の実現にあると私は思っている。昭和50年(これがまた皮肉なことに私の生年に当たる)まで、明治・大正・昭和の各帝はみな、九段下の境内に直接に足を運んで、近代日本の創設に殉じたあまたの武人たちの霊をねぎらってきた。
繰り返すが、昭和50年までは何の障りもなく訪れていた、ここが重要なのだ。つまりは、GHQの圧力で天皇親拝が強制的に阻止された、というようなことではまったくなく、要は昭和天皇(及びその路線を事実上踏襲していることになる今上)が、昭和50年を境に、どうやら自発的に靖国親拝を中断している状態なのである。
その後、宮内庁長官のメモなる怪文書がマスコミに取り沙汰され、あるいは昭和天皇は内心、いわゆる「A級戦犯」(そんなもの本当はありゃしないわけだが)合祀に不快感を抱いており、それがために親拝を取り止めたのではないか云々という俗説がいまだに根強く囁かれている。が、これも指摘されている通り、たかが宮内庁長官の私的文書で天皇の内意を推定しようなどという発想がそもそもおかしい。女性週刊誌の域なのだ。
それよりは、三木武夫の発言の方が、まだしも影響大と思われる。昭和50年、三木が首相として初めて終戦記念日に靖国を参拝した際に口走った左翼への阿諛追従、すなわち「総理ではなく三木個人としての参拝である」という妄言は、周知の通り、以後近隣国からの日本恫喝の格好の具と化した。これがあるために、天皇としても近隣国に配慮して親拝を見送らざるを得ない、という一面はあるのではないか。
だが、私は思う。遠慮することはない。天皇は堂々と、昭和50年以前の昔の如く、大鳥居を潜り抜けて英霊を拝し続けるべきだ。
武士の鑑のような人たちも、国家に殺されたも同然の人たちも、本心からにせよ名目に過ぎぬにせよ皆さんともかく「大君のために」ということで戦場に一命を投げ出された方々である。「行かない」だなんてそんな酷いことしていいのだろうか。
私の如き一介の不良国民ですら、たまにはお参りするのである。

天皇の靖国不親拝。実は、戦後日本の諸悪の根源はここにあると私は見ている。
パチンコに打ち興じて子供を車の中で蒸し殺しにする馬鹿親たち。その反動としての親殺し。
いや、下々に目を配るより、そもそもまずあの嫁の立居振舞、四谷の某小学校で果てしもなく繰り広げられる気違い騒ぎの根は一体いずこにあるのか、この際一考遊ばす方が早いかもしれぬ。
全ては、私に言わせると、天皇の靖国不親拝、もっと言えば「親が親ではなくなってしまった」ということ。
ここに尽きるのではないか、と、不良国民たる私はかねがね邪推している。

本当は、倉本聰作・演出『歸國』について述べるつもりだったのだが、序論で力尽きてしまった…。

2010年08月08日

そろそろ。

友人Kと護国寺に行ってきた。
有名なお寺だが、訪れるのは実は初めて。
Kはもう何度も来ているらしい。参道の途中にある「不老門」なる門が、なんだかエキゾチックでかっこいいのと、あとは境内の雰囲気が好きなのだという。
言われてみれば、確かにこの寺、独特の気に満たされている気がする。私はそれを試みに、「一種サブカル的なオーラ」と呼んでみた。Kは笑って肯んじていた。

綱吉だの桂昌院だのゆかりの品々ほか、結構貴重な文化財も多い。
それでいて、本堂から出てみれば、多宝塔やなんかに交じって、おちこちのビルが不思議とここの境内の眺めにマッチしている。

久々の寺参りは、かなりの個性系と相成った。
「さては今申楽4作目は『お犬様』かな、アハハ~」とやったら、早速Kに「いやおめー、まずその前に3作目だべが」と突っ込まれた。

3作目は…う~ん…一歩一歩進んでおりますよ。
探していた特攻隊員の遺筆もようやく出てきたし。
そろそろ、本気モードっす。

2010年07月19日

タイトルを見ただけで吐き気を催す

『広島に原爆を落とす日』というタイトルの戯曲がある。周知の通り、先日死んだ劇作家つかこうへい、本名金峰雄の代表作の一つである。
私は、昔からこのタイトルが大嫌いだった。はっきり言うが、これは、健常な日本人であれば絶対に採用しないタイトルである。その劇がいかなる内容であれ、また執筆の背後にいかなる状況があろうとも、である。
私は信じる。健常な日本人であれば、言霊感覚というものをいまだに忘れ去ってはいないはずだということを。広島という地名を使えば、そこには、広島という土地の霊が宿るのである。米国による大量虐殺の犠牲者も、当然ここに含まれよう。
これは、健常な日本人の付けたタイトルではあり得ない。
と、思っていたら、案の定、作者は健常な日本人ではなかった。私はその国籍を後から知ったのである。

こういうタイトルを見て、特に何も感じないとか、何だか面白そうとか、へ?どこがいけないの?とか言う人々は、もし日本人であるならば不感症という病気である。それも私に言わせれば相当重症の。
「タイトルを見ただけで吐き気を催す」これが日本人として正しい生体反応というものであろう。
そんなわけで、私は実のところ、生まれてこの方この作品を読んだこともないし、上演成果を観たこともない。私の周囲に、いかにこの作品の影響を受けて育った演劇人が多いか──にもかかわらず、である。
そして、宣せずばなるまい。こういうタイトルの作品が、堂々と大手を振って表を練り歩くような演劇界の現状には、一日も早く終止符を打たねばならないと。
そう、場末の薄汚いちっちゃい小屋で、人目を憚ってもっとこそこそと演じられるべきなのである、本来。
アングラは、アングラのままでいいのである。アングラのままがいいのである。「いつか公平」そんなダサいこと言っちゃいけない、そう思う。私も口が悪くて申し訳ないけれど。

遺言には「娘に日本と韓国の間、対馬海峡あたりで散骨してもらおうと思っています」との一節があるという。
まあ、それもよかろう。ただし一言、竹島にだけは化けて出ぬよう願いたい。
冥福をお祈りします。

2010年07月09日

角界一考

昨今、角界の荒れ果て様には巷間喧しいものがあるが、はてさて度を過ぎた騒ぎ方はいかがなものであろうか。
そう思っていた矢先、相撲協会のこのところの自粛ぶりについて、横綱白鵬が「やり過ぎなのではないか」「自分たちの手で国技をつぶすつもりかなあ。そう思いませんか」等々と語ったそうである。
全く同感なのだが、それはともかく、この度の角界の風紀引き締めに当たって、私はそもそも次の事から抜本的に考え直す必要があると思うのである。
すなわち、外国人力士の問題である。
相撲はスポーツではない。国技であり、さらに言えば、もと神事芸能であった。
参政権の問題に至って、ようやく目が覚めたというお気楽な向きも少なからずおられるらしいが、何でもかんでも外国人OKなどというのは困るのである。
力士は、少なくとも日本国籍を有し、かつ、日本文化に関する常識を備える者でなければならない。
私などが喋々するまでもなく、こんなのは当たり前のことではないか。

要するに、外国人力士なる存在を無批判に許容する態度は、日本人力士の尊厳を踏みにじる愚挙に他ならぬというのが、私の考えである。
このところ、外国人力士が続けざまに横綱の地位を席巻しているのは、何のことはない、私に言わせれば、そもそも根本的な世界観、文化が違っているからである。
「勝ちさえすれば良い」というあのドルゴルスレンの薄汚いやり口、品のなさ、こんなのが横綱かよと、一時は相撲など観るのも不愉快であった。
「勝ちさえすれば良い」、それ故に「最低限のルールがある」。それがスポーツというものの本質であってみれば、ドルゴルスレンに綱の品格云々を説いたところで、馬の耳に念仏であったろう。内館牧子は、至極まっとうな苦言を呈し続けていたのである。
外国人力士を甘やかし、日本人力士の尊厳を傷付けてきたこと、今日の角界問題と決して無関係ではないと私は推察する。

2010年07月07日

『翁』を越える

先日、友人Kの誘いで、根津美術館の能面・能装束展を観に行った。
Kは、自分自身あまり能に触れたことがないので見てみたい、また私の新作構想の刺激ともなればという思いで誘ってくれたのだった。
残念ながら、展示された能面の多くは江戸時代のものでつまらなかった(すなわち職人による古作の模倣が多く、概して創造性に乏しい)のだが、ただし私の観るところ、格別に凄まじいのが一つだけあった。泥眼である。桃山から江戸にかけての作らしい。
その頃は、まだ申楽は芸術の息吹を保っていたということか。
こういう面を見ると、そう感じる。作者はもちろん気違いだし、あんなものを着けて舞った日には役者もみんな狂うだろう。また、そういうものを目撃した客の精神もおそらく無傷ではすむまい。そんな面だった。「こりゃ怖えわ」「フツーじゃねえわ」と、ガラス越しの「魔女」の美貌にKともどもしばし魅入られたことだった。

Kは「もともと能面はすべて専用面(どの曲に使うか、決まっている面。一角仙人、俊寛、猩々など)だったのではないか、それが時代が降って量産体制に移ったために、小面や般若などの非専用面が主流化したのではないか」「格闘技の観点から観ると(彼は空手をやっていた)、まず対戦相手の目の動き、ついで足の動きを読まねばならないが、能の場合は面のために視線も読めず、装束のために足はおろか体全体の動きも読めない。そこが怖い」という感想を述べていた。
そして、今申楽にとっての能の位置を実感してくれたようだった。

今申楽にとっての能の位置。それは、一般の観客にとって必ずしも必要な知識ではない。私はそう思っている。
しかし、実際のところ、今申楽『香炉峯』にとっては能『井筒』『杜若』等が、今申楽『修禅寺』にとっては能『葵上』『隅田川』『自然居士』等が、劇作術上におけるいわば原作に該当するのである。
以前の私は、能を尊敬しているとか、能から影響を受けているとか、そういうことを馬鹿正直に言っていた。近頃は、そういう昔の馬鹿正直さに一抹の羞恥心を覚えぬでもない。覚えぬでもないが、しかし、すでに今申楽などと銘打ってしまっている。どこまで行っても能と全くの無縁ではあり得ぬという出自を語ってしまっている。
願わくは、いつか能から極めて遠く、しかもそれでいてなお申楽の名に最も相応しいようなものをこしらえてみたいものである。
少し話が逸れた。とにかく、これまでの今申楽2作の言わば原作に当たるものが実は能なのである。
そういうことを、能をあまり知らない今申楽の観客が、何かのきっかけで気付いてくれるという現象。今の私にはいささか気恥ずかしい。しかし、正直なところ、やはり嬉しい。つまるところ、私は性懲りもなく能にいまだに惚れているということである。
惚れ直さざるを得ないではないか、ああいう「魔女」に突然出会ったりすると…。

再び話は逸れる。
ここ最近、私は伊藤若冲の動植物画、円空の仏像、そして映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』と出会った。それらは、いずれも、凄まじいまでの異形の美をみなぎらせて私を魅了した。
そして、これは私の独断だが、やはり各々原作を有しているのである。そして、その原作に対する真なる尊敬の故に、どうにかしてそれを凌駕してやろう、克服してやろうという決意をも。
若冲の動植物画の原作。私は、それは釈迦涅槃図であろうと思う。
円空にあっては、平安期以来の木造仏がその原作に当たっていよう。
『ヱヴァンゲリヲン』に描かれる異形(作中では使徒と呼ばれる)の原作は、故・成田亨らが『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』等でデザインした怪獣・宇宙人に他ならないであろう。ああいうものを子供物と高を括ってはいけない。子供は嘘を見破るので若き日の芸術家連中も本気であった。『ヱヴァ』にビラ星人やプリズ魔が出てきた時は正直驚いたものである。
そして、今申楽では、それが能なのだ。

私もまた、若冲や円空、さてまた『ヱヴァ』のひそみにならって、原作を越えたいものと思う。
目下構想中の今申楽の新作、その原作にあたる能は、『翁』という曲目である。
したがって、私のさしあたっての願いは、この『翁』を越えることにある。

ああ、書いてしまった──。と、まあ、こうやって、己を追い込んでいくわけである。

2010年07月01日

歌は音読するもの

ほとんどテレビを見ない私だが、わりと好きな番組がある。
わりと好きと言ったって、もとがあまりテレビを見ないものだから、積極的にチェックしているというわけではない。
ただ、電源を入れているとたまにやっていて、それがふと目に入ってくる。そしてそのたび、ほのかな好感を抱く。そんな番組である。

NHK教育でやっていて、壇ふみさんが万葉集の一首を読む番組だ。
壇ふみさんの原文及び現代語訳の音読だけでよい。その間、映像は歌にゆかりの風物や大和路の眺望でも流しておけばよかろう。
途中、余計な文化人なんかが出てきて余計なコメントを喋々する、あれは要らない。まったく要らない。
今ネットで調べたら、『日めくり万葉集』という番組だそうだ。タイトルも忘れていた。

壇ふみさんの声は良いねえ。
歌は音読するものだという、当たり前だがついつい忘れがちなことを思い出させてくれる番組だ。

『日めくり靖国辞世集』なんてのも、あっても良さそうなもんだけどねえ。

2010年06月05日

今、この国は、言葉が軽い

前回、井上ひさしの悪口を書いた数日後、今度は五木寛之がNHKの朝のニュースで馬鹿な事を言っていた。著書『親鸞』をネットで無料公開するという。「これからはネットの時代。プロもあぐらを書いてはいられない」とかなんとか得々と語り、NHKのキャスターも提灯を持っていたが、金を出して本を買った読者は一体どうなる。いわんや悪人をやなどというのは、さしずめ彼らのような者のことを言っているのであろう。
そうこうしているうちに、とうとう鳩山が辞めた。沖縄や徳之島の人々の心を弄び、アメリカにはなめられ、警戒され、愚者とまで罵られ、中国北朝鮮はやりたい放題。辞任の弁を聞けば、国民が聞く耳を持たなくなったとなどと責任転嫁しておきながら最後に、それも己の不徳などと唐突に陳謝を装ってみたりする。週刊誌の広告に「阿呆か詐欺師か」なる小見出しを見かけたが、けだし的を得た評であろう。

大作家と言われる人々から政治の長に至るまで、なぜ、かくもかくも、言葉が軽いのであろう。
今、この国は、言葉が軽い。その理由について、私はいささか考えるところがある。
これすなわち、目下構想中の新作のテーマとも繋がってくるのであるが。
日々朧々ならぬ、日々鬱々の今日この頃なのである。

言霊の幸わう国と歌われたのは、いずれの御世のことであったか。

2010年04月20日

遅筆堂逝去に思う

作品の出来不出来はともかくとして、遅筆堂などというのは不名誉な二つ名である。本人は気に入っていたのだろうが、台本が間に合わず公演休止も数多度などという作家を最高権威に戴く日本の演劇界なるもの全体の不名誉である。
私は、朧座を旗揚げする以前、稽古初日に第一稿さえなく、下手をすると本番直前に上がってくることも珍しくない斯界の常態を目の当たりに見て、ああ、俳優とは劇作家の奴隷の謂であったのか、これでは未だ日本に演劇が実在しない(していませんよね)のも無理からぬことと悟った。
なぜ、俳優は稽古に遅刻も許されないのに、劇作家は本番間近に第一稿を上げて「おめでとう」なんて言われて宴の席まで用意されるのか、まったく理解に苦しむ。
最後まで書き上げたら、遡っていろいろ手を加えるべきところがあるはずだ、本来。それが本番直前では、もう俳優への遠慮で出来ない。第一、時間もない。
そんな演劇は、要するに滓と言って差し支えない。
そのうえ私の場合、敵は数百年間磨き込まれてきた台本である。稽古中に第一稿なんか上げてるようではもとより勝ち目はない。何が遅筆堂だ、そんな堂は取り壊せという気分にどうしてもなってしまうのである。
私の気分をわかって戴きたい。

ちなみに私は、第一稿が上がるまでは小屋を押さえない主義なので、よく「ごたくはいいから早く書け」「忘れ去られるぞ」などと周囲から叱咤の声を頂戴する。私は、そういう方々にこの場を借りて深甚の謝意を表する。

まあ、この話は、もういい。冥福を祈ります。
とにかく、我々は日本の演劇を創らねばならぬ。
そのためには、劇作家を先生呼ばわりする悪弊を改め、稽古初日に第一稿があるのは当たり前という矜持を持つことである。
やっぱり、日本の演劇はこれからである。