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2004年03月 アーカイブ

2004年03月11日

プロデュースの日々

ただ、最近多くの方から「事務方の補佐が必要だね」とよく言われる。その通りだと思う。というわけで、朧座の事務面を補佐下さる方を募集します。我はと思う方、ぜひ一報下さい。とにかく、今のこの時期というのは、本番直前の次に忙しいようだ。私一人ではどうしても仕事に穴があるので、朧座衆の面々には事あるごとに「私をどんどん突っついて下さい、たいてい忘れているので」とお願いしている。我ながら誠に情けない。ただ一つ救いなのは、何故こんなに慌しいかといえば、この企画が今ほうぼうで予想外に大きな反響を集めているからだということ。一歩を踏み出すまではわからなかったが、思いのほか多くの方が期待を寄せて下さっている。

2004年03月12日

勝算宣言

しかし努力の甲斐あって関係各位のご賛助を賜り、当公演、パッケージ的には当初の予想をはるかに上回る感じになってきた。とにかく芸術性のレベルを保つべく、従来の小劇場演劇の悪弊である「役者によるチケット手売りノルマ制」を排したいのだ。企業から寄付を募ろうというのはその一念の故である。
さて、ここまでくれば、いよいよソフトに着手すべき段階である。パッケージのレベルが良く、しかも誰も見たことのない試みであるため、近頃多くの方から「大丈夫?」とよく聞かれる。しかし心配はご無用。
私には、今回、確かな勝算があるのである。本と演出と役者について。

2004年03月13日

ワークショップでやるべきこと

今日はワークショップ初日だった。始まる前からワクワクしていたが、終わってますますワクワクがつのっているのは私だけではあるまい。最高に刺激的だった。この分ならもっともっと色々な事が試せるはずだ。共同演出の空也坊の興奮もよく伝わってきた。もっとも、私は私で、彼が出演者を前に実演してみせた謡にすっかり魅了されてしまっていたのだが。
今日のワークショップで、改めて、3月・4月に我々がやっておくべきことがはっきりした。
「能の台本を、俳優が読む。」やはり、この一言に尽きるのである。
能楽の世界では、異端視されつつも新作能を手掛ける能楽師がいる。では、現代演劇の側に、能に近づこうというベクトルは存在するだろうか?残念ながら、三島由紀夫『近代能楽集』などはわずかな例外であろう。その三島の達成も、しかし私のやりたい方向とは異なっているのだ。三島は能を新劇にした。私はあくまでも「能」がやりたいのである。
空也坊は能楽師としての見地から『香炉峯』の台本を分析し、のみならず同業の能楽師にもこの本を見せたという。彼らの結論は「これは能の台本だ」。
能楽師が能の本だと認める本を、能楽師ではなく現代演劇の俳優が読むのである。

戦いの幕はここに切って落とされたのだ。

2004年03月14日

「意外と通じる」

本日、記憶にとどめたい知人友人の言葉。

T君「枕草子か〜懐かしいなあ」
T君は決して古典が得意というわけではない、それでも中学で覚えさせられた冒頭を見てそう言うのである。
枕草子なら、行ける。今でも多くの人に出だしくらいは覚えてもらっている、珍しい古典である。わかりやすくて親近感が持てる。典拠(元ネタのこと)として、これほど現代人にとって入りやすいものはあるまい。にもかかわらず、能の世界で採り上げられていないのはなぜだろう。古典離れとよく言われるが、お世辞にも勉強好きとは言えないT君がしみじみ回想するのだ、「春は曙」と。

思うに、「春は曙が趣がある」などという嘘の訳を強要する学校の先生たちが、古典を現代人から遠ざけている。今でも言うではないか、「男は度胸」とか「女は愛嬌」とか。これを「男は度胸が趣がある」「女は愛嬌が趣がある」などと言ったら訳がわからない。

Yさん「歌舞伎座のイヤホンガイドって要らないですよね」
そう、まったくそうなのだ。言葉なんかわからなくても良いのだ、通じれば。
先日、香港で過ごした日々を思い出す。はっきり言って、私の英語力など中学生レベルなのだが、にもかかわらず面を創ってもらうデザイナー・陳大成とはものすごく内容の濃い対話を交わしてきたのだ。
能楽師にとって能面は命である。つまり私は俳優の生命を陳に託してきたのだ。
古語だろうが外国語だろうが関係ない、片言の英語でも命懸けの文化交流は出来るしやっぱり歌舞伎座にイヤホンガイドは必要ないのである。

今のこの季節、早起きしてみるとよくわかる。
「古典」は、思ったほど古くないと。
春は曙…ふと口をついて出るこの言葉は、果たして古語か、それとも…?

2004年03月16日

新作能から今申楽へ

能の本を俳優が読む。とうとう、そういう段階に来たのだなあと、しみじみ思ってしまう。ワークショップが終わって、空也坊・出演者と食事をしながら、そう思った。
『香炉峯』は、2001年5月に書いた。今でもはっきり覚えているが、当時はただ単純に能に惚れてこの本を書き上げた。惚れた直後で、今ほど能のことを冷静に見ていなかった。だから、書いているときは漠然と「いつかこの本が誰か能楽師の目に止まって上演してもらえたらいいなあ」などと夢想していた。自分自身で演ずるなど思いも寄らない、まったくの他力本願だった。つまり、その頃これはまだ「新作能」の本であって、「今申楽」の本ではなかった。
「今申楽」という発想が湧いてきたのは、その後のことである。この本を何人かの能楽師に見せたが、反応はたいてい「まあ、大変ご熱心ですね」とか、そんなのばかり。私としては「よし、じゃこれを舞台に上げましょう」というような心強い言葉を待っているわけだが、そういう情熱的な気配はあまりなかった。そうこうしてうちに、惚れた直後の熱はやや冷めはじめて、もう少し能をクールに考えるようになってきた。流儀流派、家元制度、お稽古事としての能…
だんだん、自分たちでやっても良い気がしてきた、「今申楽」として。もちろん、能楽師に「新作能」として演じてもらう夢も放棄したわけではない、でもしばらくは保留にすることに決めた。もう私は待ちくたびれたのである。早くやりたいのだ。
で、この台本でやってもらう俳優を募るにあたり、気を使ったことが一つある。
変な言い方だが、芝居の出来る方だけを誘った。はっきり言って、現代語の芝居が出来ない役者にこの台本は読めない。
「ノルマを課して下手な役者を出す」という段階を卒業して、「ノルマなんか課さずに上手い人を使う」という段階に進まなければ、到底「今申楽」は成り立たないと思う。
今日のワークショップを見ていて思った。この人たちとなら、『香炉峯』が出来る、と。彼らと食事をしながら、新作能ではなく今申楽として今確かに産声をあげつつあるこの作品の明日を思うのである。

2004年03月17日

+find+kunika-voice

株式会社シグマ・セブン所属。杉本苑子、芥川龍之介、藤沢周平、山本周五郎などの文学作品を中心に、時代を超えて日本人が本来持っている美意識を再認識する作業を続けている。

サイト名:+find+kunika-voice
URL:http://www3.to/kunika-voice

能楽への思い

昨日から今日にかけて、朧座衆の面々の言葉が私の心に深く残っているのでご紹介する。まずは空也坊氏のこの言葉。
能楽師たる者、立っては舞、座しては謡が勝負。
この言葉の何たる重み。

朧座システム管理部長yusukeのアドバイス。
「このサイトを訪れる人の中には『能楽の一般知識を求めている』人もいるだろう。
その場合に、あまり偏った情報(今の能楽は、だめだ!みたいな)だけを提供しているのは、よくない。『能楽の文化に尊敬を抱きながらも、新しいことをしたい』というメッセージにならないと。
朧太夫は、十分に文化へ知識や尊敬の念を持った上で、『新しいことをしたい』と言っていると思う。でも、今のサイトでは、前半が抜けている。それは、君にとって、
前半が当たり前のことだから。その当たり前を、言葉にすることも意識してみてはどうでしょうか。」

持つべきものは、友人である。感謝。
今申楽朧座、これまでもたくさんの方にお世話になり、これからもまた然りなのだが、一つ最大の恩人を挙げよと言われれば、ためらわず次のように答える。

それは、能楽である。

今後は、yusukeの助言を生かし、空也氏とも相談して、より詳しく能楽、その魅力についても述べて行こうと思う。

2004年03月18日

劇団大樹のホームページ

大蔵流狂言師に師事、能舞台でその腕前を披露する他、数々の特技と一流の演技力とを持ち合わせる舞台人・川野誠一。一家の長にして劇団の主宰者。役者として父親として、走り続ける彼の生は最高に力強く美しい。詳細は下記公式サイトにて。

サイト名:劇団大樹のホームページ
URL:http://taiju.main.jp/index.html/

2004年03月20日

舞台美術イメージイラストを観て

今日、舞台美術の横井紅炎さんがイメージイラストを仕上げて稽古場に持って来て下さった。一同、絵を観てうなる、ただうなる。横井さんが日頃活けるお花の世界とは明らかに異質の空間がそこには描かれている。先日も六本木ヒルズで行われたテレビ朝日のイベントで彼女が活けた花を観て来た。絢爛たる春の花々、色と香の饗宴。
ところが、この絵にそういう派手さや艶やかさはない。重く暗く、沈んだ世界だ。それでいて、実はこの舞台は無数の花々に彩られている、ひっそりと。 

この二次元上に描かれた世界が、やがて三次元にいかなる夢幻の像を結ぶことか。

とんでもないことになりそうだ。

2004年03月22日

Megalo Web Theatre

幼少より能を学ぶ。国立能楽堂、東京芸大を経てフリーの能楽家として舞台や現代音楽等様々なメディアとコラボレーションを展開する一方、現代演劇の演出家・俳優としても活躍中の今井尋也。その芸術表現は多岐にわたる。朧太夫とかつて共演した際に見せた鼓の技は一流。あの掛け声を現在能楽堂で聴くことは不可能に近い。

サイト名 Megalo Web Theatre
http://www.megalo.biz/

2004年03月26日

各界の才能集まる

先日、公演会場であるザムザ阿佐ヶ谷にて、ワークショップ風景の撮影を行った。この公演を後援下さっているザムザ阿佐ヶ谷と、今回撮影・編集を快く引き受けてくれた朧座衆きっての映像の達人・遊人君のご好意の賜物である。出来は上々、プロモーションビデオといって良い完成度だった。この場を借りて、心より厚く御礼申し上げる。
この日、最後のキャストである亀谷さやかの出演が正式に決定。彼女も他の多くのキャスト同様、最初は「能を知らない私が?」という反応だった。しかし、私は彼女に話した。なぜ私は能に惚れたのか、私の中での清少納言像…最後、彼女は私にこう言ってくれた。「同じ日本語だもんね!」と。一番心強い言葉だ。
思うに、これは一種の方言芝居である。現代方言を標準語などと思うのは錯覚だ。ただ、現代人の俳優が平安時方や室町時方特有の言葉を喋るには、当然、方言指導が必要である。私の高校時代の恩師にして、国語学者のTADAZUMI先生が、今回のスーパーバイザーを正式にお引き受け下さったことで、出演者たちにもひと安心してもらえるはずだ。
スーパーバイザーと言えばもう一人、作曲家の若杉直樹さんも今回の作品に音楽的見地から意見を下さることが決まった。若杉さんとは、私の前の作演出作品『如人草』でコンビを組ませて戴いたが、実際は彼の素晴らしい音楽にお世話になりっ放しだった。今回は是非、こちらからも彼の感性を刺激する材料を提供したいと思っている。
同じ頃、香港から今回のフライヤー試作品が到着。芸術監督Les Suenの力作だ。いかにも彼らしい、紙の質感を遊び尽くした非常に独創的なフライヤーだ。人々の心になんとも言えない印象を残す不思議な力を持っている。こんなチラシを無駄にばら撒くのはもったいない。芸術品は一枚一枚大切に、戦略的にまかなければならない。
さて一方、21日、杉並区の広報誌に本公演の紹介記事が掲載されてからというもの、早くも20通を越える応募の葉書を戴いている。この旨、区の担当の方に御報告したところ、上々の反響ですねと言われた。舞台芸術の最終完成者は観客である。さらに(財)民族芸術交流財団のメールマガジンで当企画のボランティアスタッフを募ったところ、早くも何人かの方が名乗りを挙げて下さっている。反響は当初の予想よりはるかに大きい。
そして、本公演広報部門のyusukeは、ついにシステム管理担当という肩書きをWebサイトプロデューサーに改め、「若手の伝統芸能系サイトのプロデュースを行う」ブランドを立ち上げると宣言。「TOMOSU(灯す)」という名前だそうだ。同じ広報部安藤誠もこのサイトを見て、一計を講じたらしい。近々、検索エンジンで当サイトの本格デビューと相成る予定。ますますの御期待を乞う。

《空》に想ふ 〜浮き世坊主のとはずがたり〜 其の壱

そもそもこれは「空也坊」と申す猿楽法師にて候。

ある人、我が名を尋ぬるに答えて曰く。「我、朧に在りて、その身を見せず。光もなく闇もなし。万物の本源みな《空》なれば、我が心の本質こそ《空》也。これをもって《空也》と号す」

さて、愚僧が朧太夫と初めて出逢ったのは、昨年の12月のこと。知人の誘いで、太夫殿が出演されていた舞台を拝見したのがきっかけであった。
演目は、芥川龍之介原作の「藪の中」。今回の「香炉峯」出演者や、関係者もその舞台にご出演されていた。
実をいうと、愚僧にはちと捻くれた所があり、自ら進んで人との交わりを持とうとすることが滅多に無かった。この日も誘われはしたものの、理由もなく即座に断ろうとしたのは事実。しかし、もとより観劇に興味のあった愚僧は、不思議と何の躊躇も無くそのお誘いを受け入れた。思えば、この時すでに、愚僧と「朧太夫」との出会いが運命付けられていたのではないか・・・・・・。

さて、劇場に到着。促されるままに最前列の席に座らせて頂く。そこで、受付にて手渡された公演のパンフや、出演の皆様による演劇のチラシなどに目を通す。そこで愚僧は、とある一枚のチラシに目を奪われた。それには墨字でこう記されていた。
「今申楽朧座」———

今申楽。能楽の台本を現代の戯曲として読み直す試み。
「香炉峯」なる新作を「新しい能楽」という方法で上演すべく、志を同じくする座衆との出会いを求めている———。

こんな大それたことを考える現代演劇者がいるとは!実際に現役の能楽師である愚僧が受けた衝撃は、計り知れないものがあった。しかし、この試み(今では実現に向かっているが)に、愚僧は密かに心から賛同した。実をいえば、愚僧もこれと同じようなことを考えていた時期が少なからずあったからだ。それについては、また別の機会に述べたいと思う。

かくして、舞台が始まった。狭い空間をふんだんに活かした迫真の演技に息を呑む。その時、愚僧は一人の「樵役」の青年に目が留まった。一人だけ、白塗りの顔をした怪しげなメーク。もちろん、舞台に上がる全ての役者陣が優れた演技を見せて下さったが、中でもこの「樵役」だけは、異様なオーラを発していた。恐れず言えば、良い意味で他の皆から「はずれていた」。それが、今回の朧座の座長・朧太夫その人であったのだ。

終演後、この舞台に誘って下さった、今回の美術担当でもある横井さんが「ねえ、ずっと樵さんのこと見てたでしょ?」と愚僧に話し掛けてきた。
「せっかくだからお話してみれば?」すぐに頷く。ややして、愚僧の目の前に、白塗りの顔のままで「樵役」の彼がやって来た。
横井さんを交え、暫し歓談。私はすかさず「今申楽」について尋ねた。熱く語る朧太夫氏。白塗りの顔から覗かせる鋭い目力が、彼の熱意が本物であることを何よりも証明していた。また先方も、愚僧が現役の能楽師であると言うことに、非常に興味を示して下さった。

「今申楽ですか・・・・・・。この発想にはまいりましたよ」
「ありがとうございます」

この言葉のやり取りだけで、我々は協力態勢を結んだも同然であった。

かくして、ここに「朧太夫」と「空也坊」、現代演劇と能楽師の邂逅が生まれた。

(以下、後日別記にて)

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