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「意外と通じる」

本日、記憶にとどめたい知人友人の言葉。

T君「枕草子か〜懐かしいなあ」
T君は決して古典が得意というわけではない、それでも中学で覚えさせられた冒頭を見てそう言うのである。
枕草子なら、行ける。今でも多くの人に出だしくらいは覚えてもらっている、珍しい古典である。わかりやすくて親近感が持てる。典拠(元ネタのこと)として、これほど現代人にとって入りやすいものはあるまい。にもかかわらず、能の世界で採り上げられていないのはなぜだろう。古典離れとよく言われるが、お世辞にも勉強好きとは言えないT君がしみじみ回想するのだ、「春は曙」と。

思うに、「春は曙が趣がある」などという嘘の訳を強要する学校の先生たちが、古典を現代人から遠ざけている。今でも言うではないか、「男は度胸」とか「女は愛嬌」とか。これを「男は度胸が趣がある」「女は愛嬌が趣がある」などと言ったら訳がわからない。

Yさん「歌舞伎座のイヤホンガイドって要らないですよね」
そう、まったくそうなのだ。言葉なんかわからなくても良いのだ、通じれば。
先日、香港で過ごした日々を思い出す。はっきり言って、私の英語力など中学生レベルなのだが、にもかかわらず面を創ってもらうデザイナー・陳大成とはものすごく内容の濃い対話を交わしてきたのだ。
能楽師にとって能面は命である。つまり私は俳優の生命を陳に託してきたのだ。
古語だろうが外国語だろうが関係ない、片言の英語でも命懸けの文化交流は出来るしやっぱり歌舞伎座にイヤホンガイドは必要ないのである。

今のこの季節、早起きしてみるとよくわかる。
「古典」は、思ったほど古くないと。
春は曙…ふと口をついて出るこの言葉は、果たして古語か、それとも…?

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2004年03月14日 02:27に投稿されたエントリーのページです。

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