能の本を俳優が読む。とうとう、そういう段階に来たのだなあと、しみじみ思ってしまう。ワークショップが終わって、空也坊・出演者と食事をしながら、そう思った。
『香炉峯』は、2001年5月に書いた。今でもはっきり覚えているが、当時はただ単純に能に惚れてこの本を書き上げた。惚れた直後で、今ほど能のことを冷静に見ていなかった。だから、書いているときは漠然と「いつかこの本が誰か能楽師の目に止まって上演してもらえたらいいなあ」などと夢想していた。自分自身で演ずるなど思いも寄らない、まったくの他力本願だった。つまり、その頃これはまだ「新作能」の本であって、「今申楽」の本ではなかった。
「今申楽」という発想が湧いてきたのは、その後のことである。この本を何人かの能楽師に見せたが、反応はたいてい「まあ、大変ご熱心ですね」とか、そんなのばかり。私としては「よし、じゃこれを舞台に上げましょう」というような心強い言葉を待っているわけだが、そういう情熱的な気配はあまりなかった。そうこうしてうちに、惚れた直後の熱はやや冷めはじめて、もう少し能をクールに考えるようになってきた。流儀流派、家元制度、お稽古事としての能…
だんだん、自分たちでやっても良い気がしてきた、「今申楽」として。もちろん、能楽師に「新作能」として演じてもらう夢も放棄したわけではない、でもしばらくは保留にすることに決めた。もう私は待ちくたびれたのである。早くやりたいのだ。
で、この台本でやってもらう俳優を募るにあたり、気を使ったことが一つある。
変な言い方だが、芝居の出来る方だけを誘った。はっきり言って、現代語の芝居が出来ない役者にこの台本は読めない。
「ノルマを課して下手な役者を出す」という段階を卒業して、「ノルマなんか課さずに上手い人を使う」という段階に進まなければ、到底「今申楽」は成り立たないと思う。
今日のワークショップを見ていて思った。この人たちとなら、『香炉峯』が出来る、と。彼らと食事をしながら、新作能ではなく今申楽として今確かに産声をあげつつあるこの作品の明日を思うのである。