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千秋楽

「千秋楽は民を撫(な)で、
万歳楽(まんざいらく)には命を延ぶ。
相生(あいおい)の松風、
颯々(さつさつ)の声ぞ楽しむ、颯々の声ぞ楽しむ」
謡曲・高砂の切(きり)、即ち結びの一節である。
一日の番組の最後に付けるめでたい能を祝言能と呼ぶ。
分けてもめでたい一節を、役者が舞う替りに、
地謡が謡い納めてその日一日の演能を締め括る、
これを付(つけ)祝言と称する。
囃子は加わらない。普通、先に紹介した高砂の切が謡われる。
今日、結婚式等の晴の場に、嗜(たしな)みのある人が招かれて、
祝いのしるしに謡ったりするのが、このめでたい一節なのである。

能は、元々、祭りの性格を色濃く持っていた。
その祝祭性は後の歌舞伎にも大いに継承された。
そして近代の洗礼を浴びた筈の我々もまた、当り前のようにして、この言葉に親しんでいる。
カーテンコールの際、劇団の主催者等が
「本日楽日につき、役者紹介をさせて戴きます」なんて挨拶して、客出しして、
芝居の間ずっと世話になった舞台を惜しむ間もなく叩き壊して、跡形もなく片付けて、
それが終るや否や打ち上げに直行である。
もう終ってしまった、明日からは稽古も本番もないのだと思うとちょっと寂しくもなるが、
「千秋楽」
この、いかにもめでたくはなやかな言葉が、そんな寂しさを束の間忘れさせてくれるのだ。
かくて宴の夜は心楽しく更けて行く。

そんな訳で、我々もまた、随分とこの言葉の恩恵に浴している訳だが、
しかし当の能の世界にあっては、祝祭もいつの間にやら儀礼と堕して、
めでたさよりもしかつめらしさが先に立つようになってしまった。
祝言能と言うと、やれ「神能(かみのう)の後半を一定の方式に基づき演ずる」だの、
「しかし猩々(しょうじょう)・石橋(しゃっきょう)等めでたい曲が切能(きりのう)の時は添えぬ」だのと、喧(やかま)しい。

それはさておき、興行最終日を言うめでたい言葉として、
同じく高砂の結句でありながら、「千秋楽」が選ばれて「万歳楽」が採られなかったのは何故か。
これにつき、服部幸雄氏が面白い事を述べておられるのでご紹介しよう。
 
《歌舞伎の興行関係者は、たび重なる火災によって劇場を焼かれたため、「火」の文字をタブーとした。そのために、あえて「秋」の字を避けて「千穐楽」と表記してきた。そこまでしても、「万歳楽」ではなく、あくまでも「千秋楽」に固執しつづけたのは、この世界における習慣の強さということの他に、「秋(しゅう)」と「終(しゅう)」との音通による、江戸人らしい洒落の感覚が働いていたのではあるまいか。》(『歌舞伎のキーワード』岩波新書より)
この説は面白い。なるほど、言葉というものに対して、今日の我々には想像もつかぬ程の豊穣な感性を有していた前近代人の事である。
服部氏の言うような事もあったかも知れない。
しかし私は役者として、自らの実体験から、あえて文化史学者とは異なる私見を述べてみようと思うのだ。

何故に「万歳楽」ではなく「千秋楽」か。
普通に考えたら、「万歳楽」の方が「千秋楽」以上にめでたそうではないか。
と、ここまで考えて、ふと私は自らの経験に思い至ったのである。
実は私にとって、芝居の最終日を迎えるというのは、結構辛い事なのだ。
芝居で完全燃焼出来る事など、正直言って私の場合、皆無に近い。
芝居をやれば必ずといって良い程、多かれ少なかれ未完走の気味を残したまま千秋楽を迎える破目に陥るのである。
いつも「途上」にあるまま、芝居は終ってしまうのだ。
到達点は、まだ先にあるのだ。
だから、「万歳楽」は、私にとって見果てぬ夢、完走の日である。
まだまだだけど、全然まだまだだけど、
しかし何はともあれ、まあまずはよく頑張った、とりあえずご苦労さん。
これが私の「千秋楽」である。

未熟者のとりあえずの成果を、ともかく祝おう。
見果てぬ夢に向かって、まずは乾杯。
今の私によく似た、悩み多き役者が昔の世にもいて、
そんな人間が「万歳楽」ではなく「千秋楽」を選んだのだとしたら、
怠惰な私は、何だかとても救われる。

そして、もし「千秋楽」がそういう言葉であったとして。
能という芸能それ自体、まだまだ「千秋楽」である。
「万歳楽」では、決してない。
幾多もの「千秋楽」を重ねながら、未だ見ぬ「万歳楽」を追い続けて行く事が出来る筈だ。
未完の故に、無限の可能性が、そこにはある。
私は、そう信ずるのである。
(H13.10.9)

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 初めまして、マンザイラクという言葉を追っていて辿り着きました。突然の失礼をお許し下さい。
 俺はNHK紅白出場を目標に掲げ全国を歌い歩いているシンガーです。一昨年、旅の途中で地震の被害にあった新潟中越川口町でお手伝いをしてきました。町の方々と触れ合い町の曲を書くことになって町史を調べました。そこで見つけたのです。「マンザイラク=地震の揺れを鎮める呪文」と。それから調べを進めると「万歳楽」は神事や祭りに当初多く使われていたようですが、めでたい一方、転じて不幸な時に幸せを祈る言葉として伝わった地域もあったようです。参考になるか分かりませんがよろしければ自分の日記をお読み下さい。「魚野川」というタイトルです。

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2004年06月06日 11:27に投稿されたエントリーのページです。

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