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朧座が外国語上演に踏み切る可能性

舞台芸術批評フリーペーパー『プチクリ』Vol.8(2004年3月15日プチクリオフィス発行)を読んでいたら、現在のフランスにおける日本事情を紹介する記事が載っていた。フランスの日本イメージには、サムライ・ハラキリなどオリエント憧憬から生まれる“JAPON”型とテクノロジー・サブカルチャーの氾濫する都市“TOKYO”型、二つの極端な原形があるという。そして、「北野映画の世界戦略は明らかにJAPON型をますます強める作風からも明らかである。そんないわゆる“世界マーケット”は、日本色をあえて前面に出さない日本ダンサーたちの果敢で率直な欲求に対しては、皮肉な現状ではある。」(豊島由佳氏)と結んでいる。

なるほど。

フランスの人が今申楽朧座を観たらどう反応するだろう。やっぱりJAPON型に分類されるのだろうか。
私としては、ずばり“日本”型を目指しているのだが…
つまり、まずは日本国内の世に問いたいのだ。日本語がわかる人達に向けて発したいのである。
「英語能」という大変ユニークな試みを行っている外国の学者もおられる。その賛否はともかく、英語を母語とする人々が能を何とか演じようとすれば、そういう形になるというのも一つの意見であろう。私は、英語能をやるなら、ケルトの神話伝説あたりに典拠を求めるのが良いと思う。シテ(能の用語。主役のこと)はアーサー王とか妖精パックなど。それなら賛成だ。英語で小野小町や在原業平など日本の古典をやるのは反対。小町や業平は英語を喋れないから。つまり、小町や業平が英語を喋ったら、それはごくチープな演劇になってしまい、能にはならないと私は思うのである。

今申楽朧座は、当面、日本語での上演を考えている。
英語で演じても良いが、それは英語が話せる俳優が座衆に何人か加わった時初めて検討され得る路線であろう。そしてその俳優は、アーサー王や妖精パックの言葉が喋れるくらいネイティブないしネイティブも同然の英語能力が問われる。かつ、能楽スピリットの研究までしなければならないわけだから大変だ。

で、少なくとも私にはそんな偉業は為し得ない。
私に出来そうなことと言えば、せいぜい、母語を同じくする「古人」たちと、さながら現代人同志のようにつきあうことくらいだろう。
だから、まずは母語を同じくする観客に対して演じたい。外国の方には、申し訳ないけれど私が演ずる分には、それこそ字幕か当日パンフの翻訳台本で理解を補って戴くより他ない。
“JAPON”型ではなく“日本”型を目指したいと称する所以である。お客様にはあくまでも「観光」ではなく「鑑賞」して戴きたいからだ。

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2004年07月12日 08:47に投稿されたエントリーのページです。

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