毎日新聞より。
「<米国務長官>イラク大量破壊兵器情報の誤り認める
【ワシントン中島哲夫】パウエル米国務長官は13日、上院政府活動委員会での証言で、ブッシュ政権がイラク戦争開戦の大義名分とした旧フセイン政権の大量破壊兵器について「なんらかの備蓄を我々が発見するということは、ありそうにないと思う」と述べた。また「我々は過去にさかのぼり、なぜ(現実と)異なる判断をしたのか突き止めねばならない」とも語り、開戦前のイラクの大量破壊兵器に関する情報が誤っていたことを従来より明確に認めた。
パウエル長官を含めブッシュ政権高官は既に、旧フセイン政権には大量破壊兵器を開発し保有する「意図と能力」があり、それは十分に重大な脅威だったという論理で戦争を正当化する姿勢に転じている。しかし長官は、開戦前の昨年2月に国連安全保障理事会でイラクの同兵器保有を断定的に報告した経緯があるだけに、トレーラー型の「移動生物兵器実験室」について今年4月「確実な情報ではなかったようだ」と認めるなど、徐々に前言を撤回してきた。
パウエル長官はブッシュ大統領が11月の選挙で再選されても現職には留任しないと見られている。今月7日にはイスラエル軍とパレスチナのイスラム原理主義組織「ハマス」の報復合戦を等しく批判し、イスラエル支持一辺倒ではないところを示した。歴史の検証を意識し、誤りや偏りを正そうとしている可能性がある。」
我々はこういう誤りに自衛隊派遣という形で加担していることを忘れてはなるまい。
先日、空也坊(朧座第一回公演演出・声の出演)・横井さん(同舞台美術)・杉本さん(同舞台監督)、それに公演を御覧の上お手伝いまで戴いたMさんたちとお話しする機会があった。その席でつくづく考えさせられたことがある。何と言うか、公演終了以来私の胸の内にわだかまっていた思いがすっと解けたような気持ちになった。
やはり、この世に根っからの悪人などは存在しないのだ。
まして、「霊」や「魂」などという清浄の世界にあってはなおのこと。
ブッシュ大統領はかつて「悪の枢軸」なる言葉を用いたが、こういう言葉を軽々に使って良いものかどうか、我々はきちんと考えなければならないだろう。
そんなに世の中が単純であるかどうか。
少なくとも我が国の古き良き信仰は、人間は言うに及ばずありとあらゆるモノには魂が宿っており(八百万の神々)、中でもこの世に怨みを残して死んだ魂(怨霊)は退治されるべきではなく鎮め慰められなければならない(その結果御霊となって守護神と化す)と教えているのである。
先日、評論家林望氏の「平宗盛馬鹿殿論」に対する能楽研究者天野文雄氏の手厳しい批判を紹介し、私としては断然天野氏に賛成である旨したためた。つまり私が思うに、能とは神々の世界、霊の世界を描いている。そこには聖なる者や純なる者たちだけが登場する。林氏の言うような単純な「馬鹿殿」なぞは、能の世界には登場しないのである。
「悪の枢軸」「馬鹿殿」などという者は存在しない。それが霊や魂の世界であり日本の基層信仰でもある。
少なくとも私はそういう考えのもとに生きていきたい。
そういえば、私は第一回公演の企画書にこんなことを書いていた。
少し長いが、抜粋して御紹介させて戴く。
「日本人は、既に亡くなってしまった過去の人物に対して、
「直接言葉には出さなかったけど、いや出せなかったけど、本当はこんな思いを抱いていたんだろうな。あの人は」
と、故人の思いを想像してその魂を慰める優しさを持っている。死んだ後も、人の一生は続くのだ。その人を偲ぶ後世の人間によって。
そんなかつての死者たちに、生前口には出せなかった胸の内を語ってもらう。
そんな演劇が、無言の国日本にはある。
今日、「能楽」という名の下に、極めて形式的にではあるがその片鱗は伝えられている。
仮面を着けた役者に死者の霊が招かれて、在りし日の真情を観客たち生者に告白するという方法だ。
枕草子は、果たして、正確な読み方をされてきただろうか。今まで。
本当に、「軽いエッセイ」なのだろうか。
PILLOW BOOKとして世界に紹介されているこの書物を、著者の子孫、原文と同じ日本語で生きている私たちがあまり知らないとすれば、それは実に皮肉なことだ。
日本人、日本語の皮肉だろうか。清少納言の悲しみは、つのるばかりだろう。
私は、清少納言という女の人に、枕草子の真実を、能という方法で語ってもらいたい。
愛してるのに愛してると口にするのがどれだけ難しいことか、語ってもらいたい。
つまりは──世界に向かって、「日本」の優しさや切なさや悲しさを表現したいのである。」