久々に胸のすくような好著を発見したのでお勧めさせて戴く。
『現代能楽講義 能と狂言の魅力と歴史についての十講』
天野文雄著 大阪大学出版会 2004年
好著は体に良い。特に、くだらぬ本が多過ぎる能楽関係書の中にあって、本書の輝きはいよいよ目立つ。群いる悪書のせいで健康を害することの多い私としては、一服の清涼剤にも似た読後感を覚えたことであった。
「食わず嫌い」よりも性質の悪い「食わず好き」。そういう、能を取り巻く困った人達への教化宣言に始まって、能を「詩劇」として的確に定義しなおし、『砧』を読みなおし、『敦盛』を読みなおして行く、その読みなおし方の正当さ。前々からなんで能の学者って雰囲気でしか能を見ないのか、不思議で致し方なかった。あるいは典拠との関わりとか一語一語の注釈とかそういう細かいことばっかり神経症の如く気にして、肝心のテキスト全体を戯曲として統一的にとらえ論じる理性が乏しい。要は頭の鈍い文学オタクのたわごとばかりで、能を心より愛する一ファンとしてこの事態を非常に悲しく思ってきた。
評論家・林望氏の唱える「平宗盛馬鹿殿論」に対し、「もし《熊野》がこのような能であるのなら、こんな不愉快な人物が登場する能は私は見たくないと思うのですが、みなさんはいかがでしょうか」と謬説邪説を斬って捨てる快刀乱麻の鮮やかさ。こんなまともな学者もいたのか、と嬉しくなってしまう。
「能とは何か」という悠久のテーマに対し、「能本を戯曲として読む」という正攻法をもって肉薄する労作。
能を論ずる自称批評家たちの「思考停止」ぶりに我慢ならぬ方々にお勧めの一冊である。