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朧座制作部長始動

ある飲食店が一流であるかないか、見分けるのは簡単である。
その店のトイレを見れば良い。
どんなに新鮮なネタを仕入れていようが上手い料理が出ようが、トイレが不潔では興ざめである。夢はいっぺんに吹き飛ぶ。

さて、これを演劇に当てはめれば、飲食店における「トイレ」は劇団における「制作」と換言して良い。
つまり「制作」が駄目な劇団はすなわち一流とは言い難いのである。

つい、料理の出来不出来に終始して、トイレ掃除を怠るのがそこら三流飲食店の常態である。芝居を始めてもう何年にもなるのに、台本だの役者だのに血道をあげて、あいかわらず制作不首尾の劇団のなんとなんと枚挙にいとまなきことか。

かく言う朧座も、第一回公演、決して上首尾であったとは言い難い。
小劇場界にペストの如く蔓延するノルマ制は、客席の空気を親兄弟や学校の同窓生ら身内大会のノリへと劣化させ、かつまたそういう異常を異常とも思わず諾々とノルマを引き受ける俳優というのはえてしてホストやホステスから進化(?)したようなお水まがいが多く、そういう手合いに限ってやれ「自分は客を百人呼べます」だの「二百人呼べます」だのと臆面もなく痴れ言をのたまうのである。
この文章を御覧の一般読者の多くは「まさか、現実はそこまで低級ではあるまい」と首をかしげておいでの事と思うが、やんぬるかな、現実はそこまで低級なのだから恐ろしい。
(付言すれば、このお水臭の発散元はたいていネズミ講の教祖みたいな連中で、子ネズミどもにハッパをかける台詞もほぼ毎回決まっている。「魅力的な役者ちゅうもんはな、客もぎょうさん呼べるもんやねん」)
私はそういう不潔な便所臭さが嫌で嫌で、朧座は旗揚げ時からノルマ制を採用しない方針で行く事を早くに決めていた。その代わり、協賛企業からの援助金を募ったのである。
結果、客席は予想を裏切る賑わいを見せ、「原作は能」の強みを改めて思い知らされた。やはり六百年の風雪を生き抜いている実績は伊達ではないのだ。
しかし、制作というのはただ単にその公演のチケットの売れ行きにまつわる雑務ばかりを言うのではない。むろん、それも制作の最重要業務であることに間違いはないが、社会に向けて劇団をより大きくするためのありとあらゆる総務をこそ、「制作」という言葉は本来意味する筈なのである。

朧座第二回公演は、まだ当分先の事である。
関係各位は「次はいつやるのか」と声をそろえ楽しみにして下さっているのだが、残念ながら当分先である。
次回こそは作演出・俳優・制作に万全を期すと固く心に誓っているので。
特に、制作である。

朧座制作部長・笛麿がついに動き始める。
数字の鬼、趣味は競馬に株というこの男、私は早くに朧座のアートマネージメントを託してあったにもかかわらず、第一回公演では「お手並拝見」とばかり静観を貫いた。ただ一言、「朧太夫一人がプロデュースのうえ作・演出・主演というのは無理がある。信頼してこれらのうちいずれかを任せられる人材を発掘した方が良い」という声明を発するにとどまった。この声明の数ヵ月後、私は某流能楽師空也坊と出会うこととなる。

この笛麿という男、めったに「やる」とは言わないが、「やる」と言い出したらやるのである。

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2004年09月30日 01:49に投稿されたエントリーのページです。

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