久方ぶりの稽古
先日、久方ぶりに師匠に稽古をつけて戴いた。
朧座第一回公演終了後、実に数ヶ月ぶりの事である。
リハビリ(?)第一回は『東北』(謡曲の一。情熱的な恋歌で知られる王朝の才媛和泉式部の亡霊が主人公)の謡から始まった。
謡の稽古というのは、師匠がまず謡曲の詞章を謡い(つまり能の台詞を歌唱し)、それを弟子がリピートして行く、というごく単純なものである。
まずはワキ(脇役。精霊や鬼神など異界の者が主人公である能において、生きている人間の役)である旅の坊さんが登場し、東国から京都までののどかな旅の道のりを謡う。
さて、都に着いた坊さんは、そこで今を盛りと咲く梅の花と出会う。と、ここでいよいよシテ(能の主人公)の御登場と相成るのである。
「のうのうあれなる御僧」
と、シテの第一声を師が謡ったその時、私は心の中で、「ああ、この師と出会えて本当に良かった。」と改めて痛感した。稽古中にかかる雑念はよろしき筈がないが、しかし心中の事ゆえいかんともし難い。と、早速雑念が師に露見したものか、私がかの第一声をリピートすると、
「いえ、これは『のうのう』だけではなく『御僧』まで全体でもう少し遠くに呼びかけて下さい」
これは不覚。「これなる」「それなる」ではなく「あれなる」なのだから式部はいくばくかの距離の向こうから既に僧に向かって発語している訳である。
ああ、この師で良かったと、またしても雑念が生じてしまうのだった。
朧座第一回公演で、最も苦労したのが「シテ方」の台詞回しのまずさである。
第一声「花子さんよ、伊勢佐木町の雨はどうかしら」の「花子さんよ」一言がどうしても言えないのだ。
否、もっとビックリしたのは、「と言った」の「と」一文字すら言えないのである。
俳優がある台詞を言えない。その理由は様々で、例えば稽古場において俳優を精神的に虐待する変なヒエラルキー(階層制)などがあったりすると、当然虐げられている者としてはまともに台詞など言えようはずがない。台詞はおろか、その場に俳優として存在することさえ苦痛になってくる。そのヒエラルキーを生み出すもとは、誰も虐げてなどいないのに、勝手に虐げられている気になっている「人民階級」のお門違いだったりする場合もあるのだが。
曰く「あなたたちはお金持ちだからわからないのよ!」
あるいは、単なる技量不足という場合もある。「と」一字が言えぬというのは、もはやヒエラルキー云々以前に俳優失格の沙汰というべきであろう。
しかし、それにつけても、
「太夫さんは能を習っていらっしゃるから(私には出来ません)」
という役者さん(?)の言い訳には参ったなあ。
本当に参った。参りました。
共同演出の空也坊(朧座演出部・某流能楽師)からは、
「次回は今少し能の演技の教養をお持ちになっている方をお使いになっては?」
と言われてしまっている。
数年前NHKの大河ドラマで、伊達政宗役のすまけい氏が劇中、能舞台で能を舞っておられたのを思い出す。こういう役が来たら、一体全体どうされるのだろう。「私は能を習っていないので」と辞退なさるのであろうか。
そもそも、本当は「花子さんよ」なんて、能を習っていようがいまいが俳優なら誰でも言えるはずだ。しかし、能を習っているという一事がネックとなり出演者内に要らざる逆差別まで引き起こすというなら、あるいはそれ(空也坊の提案)も一つの手かも知れない。次元の低い話ではあるが。
(しかし恐ろしい事に、まずい芝居というのは国籍を問わず言語の垣根を越えて露見するもので、香港より来日の朧座美術班は稽古期間中夜な夜な事務所で装束をつくろったり面に色を塗ったりしつつしきりに「ハナコサンヨ」「ハナコサンヨ」と真似をしながら笑い転げていた。)
そう言えば能楽を習っている俳優ってどのくらいいるのだろうか。
上手くなくたって良い。私だって柔吟も剛吟も(よわぎん・つよぎん。共に能の歌唱法)決して上手くはない。
ただ、能楽に関して「最低限の教養」ある俳優。
調べてみるか。前向きに。
と、そんなことを思いつつ、久方ぶりの稽古を終え師のお宅を辞するのであった。