応仁元年
久しぶりに、埃をかぶっていた『花の乱』のビデオを引っ張り出して観てみた。
もう十年くらい前にやっていたNHKの大河ドラマである。
私は、この『花の乱』と、あともう一つ、この数年前にやっていた『太平記』とで、室町時代に興味を持ったのだった。こういう私の生い立ちから言わせて戴くと、大河ドラマは歴史教育に重要な役割を果たす場合もあるのだから、NHKはエビジョンイルなどという阿呆な醜聞にまみれていないで、もっと面白くワクワクするような大河を作って戴きたい。
さて、『花の乱』は視聴率こそ低かったものの、私は割合面白いと思って観ていたクチである。私が久しぶりに観た回のサブタイトルは「応仁元年」、つまり京の都を十年間にわたって焼き尽くした応仁の乱勃発の年を描いた回だった。今でも京都で「先の大戦」などというとこの応仁の乱を指すのだとか。古き良き王朝文化はこの戦乱でついに全く息の根を止められたのだから、なんとも凄まじい戦だったわけである。
オープニングの画面を見ていたら、まず「能楽考証 表章」という名が目についた。
放送当時、能楽に深い関心のなかった頃は知る由もなかったが、この表氏は能楽研究の第一人者なのだった。すると今度は「能楽指導 観世清和」というテロップが映し出される。この観世氏こそ、能楽界の最大流派・観世流の宗家であると、これまた後に知ったのだった。
果たして、この回の劇中には、三田佳子氏演ずる主人公日野富子の謡に合わせて大名たちが舞を舞うという、つまり能楽の知識を要する場面があったのだ。
曲は『猩々』であった。
当時は何気なく流し観ていたが、「今申楽」をぶち上げた今はついついしっかり観てしまう。そして、当時は気付く筈もなかった事柄が、今は透けるように見えてきてしまう。
遅い!遅過ぎるのだ、テンポが。
これは江戸時代後期のドラマではない。応仁元年、つまり室町時代中期の話なのである。
表氏は、能の上演時間が室町中期までは現在の半分以下であったことを証明されている学者である。その頃の能時間を100%とすると、室町末期は150%、江戸中期は200%、現在はなんと240%に延びていることを明らかにされた方である。
そういう方が考証の任に当たっておられるのに、何故、何故、日野富子はその240%にも膨れ上がった現在のテンポで『猩々』を謡っているのか!?
何故だろう。何故だろう…
何故、せっかくの表氏の貴重な学説が、ここでは無残に踏みにじられているのだろう。室町時代中期の能の上演形態の再現という、氏の学説が最もよく生かされるべき筈のシーンではなかったか。にもかかわらず、一体、何故…
実は、ここには日本文化の根底に流れる世にもおぞましい因習が見え隠れしているのである。理性の芽を摘み、真なる意味での芸術的精神を荒廃させる、あるのっぴきならぬ邪悪な因習が、チロチロと舌を覗かせているのである。
それにしても、三田氏の謡はなかなかのものであった。
室町時代の将軍御台所が何故か現代のテンポで謡っているという不自然不合理はさておき、劇中、能楽師でもない三田氏の謡で相当の時間を持たせているのである。
台本に「ここで富子、猩々を謡う」というト書きがあって、「私は能楽師じゃないから出来ません」などと意味不明の痴れ言をのたまうそこら三文役者とは脳の構造が根本的に違うのであろう。
さすが、こういうところを大女優の貫禄とでも言うのであろうか。
否、こんな事で大女優などと評しては、おそらく世の多くの大女優から叱責をこうむるに相違ない。
「私には出来ません」などと平然と言い放って恥じぬ自称俳優が悉く廃業すればそれで事は穏便におさまるのである。
さもなければ、世の多くの劇作家、演出家、さてまたそういう自称俳優と舞台上で絡まざるを得ぬ他の俳優らの底知れぬ苦悩は絶える事があるまい。
むろん、そんな自称俳優の学芸会を見せつけられる観客に至っては、たまったものではなかろう。
底辺を基準に物事を考えてはならない。
レベルが下がってしまうからだ。
時は応仁元年でもあるまいに、良からぬ制度に良からぬ人々、誠に目を覆わしめるものがある。一天の大乱となるべきか。