「中世の将軍の御所」のイメージが欲しくて、このところ昔のNHK大河ドラマのビデオを引っ張り出しては観ている。一応、時代考証を一流の学者たちが担当しているので、当時のビジュアル的なイメージを膨らませるにはそこそこ安心して観られるのだ。
日本史の教科書に「幕府」なんて言葉が出てきても、その「幕府」が具体的にどういうところで、どんな床で、どんな壁で、どんな雰囲気であったかということになると、これはもう教科書ではお手上げですからね。
今回観たのは『太平記』。私が高校の時にやっていたものだ。
私はこのドラマに出演していた藤木孝氏(坊門清忠役)・麿赤兒氏(文観役)らの物凄い名演怪演に打ちのめされ、すっかり南朝好きになってしまった。南北朝時代というもの、演技というもの、この二つをいっぺんに私の心に焼き付けてくれた貴重な番組である。藤木氏も麿氏も、舞台の世界に疎かった当時の私はこのドラマで初めてその存在を知ったのだが、実は舞台の世界ではお二方とも大ベテランであられたのだ。(そういう幸福な経験があるから今でも、へったくそな方々が大河を荒らしているのを観ると、怒りを通り越して深い悲しみを禁じ得ないのである。)
で、この番組の「芸能考証」を務めておられたのが、今年亡くなった狂言師の野村万之丞(当時は野村耕介)氏である。氏は、本業(?)の狂言のみならず、様々なジャンルの舞台芸術で活躍された。特に、失われた古の芸能を今に蘇らせようと、多くの復興運動に邁進された方だった。
氏の活動が、どこまで正確に、過去に滅びた幻の芸能の真の姿に迫ったものであるのか、詳らかにする力は私にはない。
一つ言えるのは、氏が芸能考証の任に当たったドラマ『太平記』、その劇中に描かれる雑芸シーンの、何と素晴らしく魅力的なことか。
ああ、当時の雑芸とはもしかしたらこういう感じだったのかも知れない。そう思わせる見事なシーンになっている。
どこまで正確な復元であるかはわからない(実は、誰にもわからないのだと思う)。ただ、一つの魅力的な復元ではあったと言えるだろう。野村氏が生涯追求された作業というものは。
さて、これら先人の跡を眺めつつ、思う事がある。
朧座がなさねばならぬ事、それは「昔申楽」の復元ではなく、「今申楽」なる新芸術創造への飽くなき希求であるということだ。
「申楽」の本質を見極めた上で、新たな「申楽」を創るのだ。