その時、私は自転車に乗っていた。私の前方には、警官がこれまた自転車に乗っていた。
と、歩道のさるお年寄が、警官に深々と頭を下げる様子が目に入った。警官も、お年寄に会釈で返していた。
ああ、今の日本に欠けているのはこういう事なのかなあ、と漠然と思った。
帰宅して、梨園のさる御曹司が、酒に酔って警官の顔を殴ったと聞き及ぶ。人の顔の大切さというもの、人一倍知悉する職業であろうに。釈放後会見を開いて曰く「親の顔に泥を塗り」云々。父親の襲名祝賀パーティーが「息子として嬉しく」泥酔して大立ち回りに及んだとやら。
暴力沙汰それ自体も論外であるが、この期に及んでなぜ恋々と「親」を持ち出すのであろう。
己一人の非を認め、己一人の罪を詫びるより他ないではないか。と、私は思うのだが。
道行く警官を一礼して見送る者と、警官の顔を殴ってなお恋々と「親」を持ち出す者と。
今のこの国を象徴するかの如き老若二人の肖像を見た。