先日、山梨は甲府・武田神社に薪能を観に行った。
昼過ぎに甲府駅に到着。開演までにはまだ時間があるので、武田神社の後方、要害山の麓にある温泉宿に足を延ばす。武田神社の祭神である武田信玄はこの要害の地に生まれ、この温泉で産湯をつかったという。また川中島の合戦で上杉謙信の越後勢を撃退し、甲斐に凱旋したとき、この温泉で傷病兵を治療させたのは有名な史実だそうで、これが「信玄公の隠し湯」と呼ばれる由縁なのだとか。
武田神社から徒歩40分。立ち寄り湯700円也。
あけびの湯と称する露天風呂からは、甲府盆地が一望出来、誠に気分が良い。
この度の薪能は、信玄公の神前に能を奉納したいという、地元の方々の長年の夢がようやく実を結んでの催しと聞いている。されば、信玄も愛でたという絶景の秘湯に浸かり、殿様気分を追体験しながら悠々と見所(能の客席)に赴くというのも一興であろう。
一風呂浴びた後、要害の宿から神社にかけての道のりというのがまた、花あり緑あり、路傍には名も知れぬ石仏ありと言った風情で、いかにも戦国の往古が偲ばれる。
何が言いたいかというと、能だけではなくて、能を含む全ての環境を、元来私は味わいたいのである。これは、都会の能楽堂などでは決して出来ない事なのだ。能楽堂とは周囲の環境から能を隔絶する為のバリケードであり、周囲の環境とは騒音と排気ガスとに塗れた現代の毒々しい殺風景を言う。
いみじくも、この度の能は「武田の杜 薪能」と銘打たれている。今宵の能は武田の杜に包まれて在る筈だ。
会場に到着して知ったのだが、この薪能には、信玄公の御子孫も実行委員として参画しておられるのであった。そして、この境内はちょうど武田氏の居館跡に当たり、記録によればその館には能舞台も設えてあったそうな。そういう場所に、今、火が赤々と灯されて行く。
さて、この日観た能の感想をここに申し述べる事は差し控えたい。
感動のあまり、うまく言葉にするのはちと骨が折れそうなのである。
小学生に本の感想など安易に書かせるのは間違いだと痛感した。人間、本当に感動したら、それをそう簡単に文章化出来るものではないのだと知った。
能のくせに、芸術であった。これだから名人という奴は性質が悪い。
一つだけ、記しておく。今申楽は、あの上を目指さねばならぬ。ちょっと大変かも(弱音)。
これは、楽屋におられた演者の方々よりも、むしろ見所で観ていた観客の方が、様々な点から賛成して下さるのではないかと思うが、私はあの舞台、ほぼ確実に、神々も観ていたと思う。
とにかく、そんな能であった。
今も昔も、百歳生きる人というのはさほど珍しくない。ある人が百年生きて死ぬ、その日に生まれた人がまた百年生きて死ぬ…そう考えて行くと、信玄などは、ついこの間の人物という事になってくる。
たぶん、信玄も、家臣達も、あれは相当喜んだと思う。