近頃、朝日新聞を読むと思う事がある。
いしいひさいち氏の四コマ漫画『ののちゃん』に、藤原センセイなる小学校教諭がしばしば登場する。
主人公ののちゃんらのクラスの担任なのだが、このセンセイ、漫画に描かれるところを見る限り、実にすこぶるやる気がない。私は、このキャラクターが登場人物中最も好きなのだけれど、実は最近、これが素直に笑えなくなってきたのだ。
藤原センセイのような存在が、冗談では済まされない世の中になってきているように感じるからである。
学校の先生だって人間であり、時にはミスもする。藤原センセイは、言わばその象徴のようなキャラクターだ。
しかし、それは「学校の先生たる者、そうそう簡単には失敗などやらかさない。しかし、それでも、人間であるが故に時にはミスも犯してしまうのだ」という大前提のもとに、初めて健康な共感を、そして笑いを誘い得るものなのではないか。ののちゃんの学校の先生全員が全員、藤原センセイみたいな問題教諭である筈はなかろう。藤原センセイにしたって、漫画でこそ問題言動ばかりがことさら強調されてしまっているが、根本は至ってまともな教育者であるに違いない(と、信じたい)。
しかし、現今の時世は、それを戯画中の一こまとして笑い飛ばす事を難しくしつつあるのではないか。
先に述べた大前提、すなわち社会に本来存するべき「けじめ」が失われつつある気がするのである。
作者のいしい氏には、たまには立派な「藤原先生」も描いてやって戴きたい。
「藤原センセイ」の方は熱を出して学校を休んでしまうかも知れないが…