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2005年07月 アーカイブ

2005年07月05日

作曲家奥田氏との初対談

来年当座で上演予定の『修禅寺』の音楽面について、先日、作曲家の奥田祐氏と話し合った。
氏には、『修禅寺』の音楽創りをお願いしている。今回は初の創り手対談という事で、作者である私と差しで3時間半ほどじっくりと。

参考になりそうなビデオやCDを視聴しつつ、『修禅寺』第一稿を前に、これをいかに第二稿に繋げて行くべきか、互いの意見を忌憚なく出し合った。
我が国の芸能史。台詞劇と音楽劇の関係。古今東西の楽器論。議題は盛り沢山である。
その内容をここに詳らかにする訳には行かない訳で、これが誠にもどかしい。
月並みなセリフで恐縮だが、観てのお楽しみと申し上げるより他はないのである。
ともあれ、無から何かを生み出す喜び、それを分かち合える方と出会えた事に、心から感謝したいと思う。

梅雨時に芝居をやる時は

近所のスーパー(クイーンズ伊勢丹・杉並桃井店)で夕飯を買っていたら、雨が降って来た。降らないだろうと思って傘を持たずに来たのだが、当てが外れた訳である。
これだから梅雨時は困る。仕方がないので傘を買おうしたら、店員が「傘ならお貸ししてますよ」と言う。
案内された一角には、ちゃんと貸出用の傘と、借用者名簿が用意されていた。
私はビックリして、これはこのスーパー全店舗で行っているサービスなのですかと問うたところ、杉並桃井店が独自に行っているとの事であった。

すごく嬉しかった。こういうサービスをされたら、またこの店に来ようという気に誰でもなるのではないか。

梅雨時に芝居をやる時は、劇場に何本か傘を用意しておくのも一案だなあと思った。

2005年07月11日

頼家と政子の祥月命日

週刊誌『AERA』今週号に興味深い記事が載っている。曰くオタクビジネス爆発、わびさびに続く日本の新文化「萌え」市場に熱い視線が注がれているとの事。で、この記事の冒頭に修善寺が取り上げられているのである。
記事によれば、修善寺のさる温泉宿が今、鉄道ファンに人気なのだとか。この宿、6年前に宴会場を潰し、大型鉄道模型を並べて遊べるスペースに改造。最盛期には約30軒あった修善寺の旅館が約20軒に減った今、ここの客数は改造前から1.5倍に伸び、その9割以上が鉄道模型ファンで占められていると言う。年に数回来ると言う客のコメントが紹介されていた。
「修善寺にこの旅館以外何があるか知りませんね」

修善寺には、温泉宿の他に、修禅寺という名の寺があるのである。
と言うか、この地名はもともと寺の名前に由来しているのだ。地名と寺名が一緒では紛らわしいので、のち地名の場合は「善」の字を用いるようになったのである。

この客、鉄道ファンと言うが、各駅付近の見所なんかにはてんで興味がないのであろう。鉄道ファンには、駅名や路線図、またその一帯の観光事情等に通暁する地理系と、もっぱらその造形美に耽溺する車両系の二派があると聞く。
「食事も、ある程度うまけりゃなんでもいい」そう言って持参のふりかけを食卓に並べると言うのだから、これは旅先の地味に舌鼓打つなんてタイプではない。明らかに後者、それも相当重度なお人であろう。

それにしても、思う。
宴会場を潰して小劇場を興そうという粋な旅館が彼の地にあれば、さっそく企画書を持参するものを…。
とまあ、これは半ば冗談であるが、今週末、私はほぼ一年ぶりに、その修善寺に赴く。

昨夏は、ある日突然思いついて独りで出かけたのであった。その約8ヶ月後、私は今申楽次回作『修禅寺』、その第一稿をどうにか書き上げる事となる。
先ずはその脱稿を、二人いる主人公のうちの一人・源頼家の墓前に報告する事。それが今回の旅の大きな目的となるであろう。

今回は、朧座制作部の笛麿・鼓之丞が同伴してくれる。実は彼らは「勤め人」という裏の顔を持ち合わせているので(もっとも勤め先から見れば、「朧座制作部」とやらこそ裏の顔に他ならぬ訳であるが)日頃多忙な彼らにとっては夏休みの旅でもある。

頼家は、修禅寺門前の指月丘に眠っている。
我々の行く17日には、頼家忌という地元の祭りが執り行われるらしい。
翌7月18日は、旧暦で頼家の祥月命日に当たる。

そして本日7月11日は、これも旧暦で、今一人の主人公・北条政子の祥月命日に当たるのであった。

2005年07月12日

朧座衆募集 締切迫る

この度、私ども今申楽 朧座は、今後の公演活動に向けて新たな人材を募集する事と致しました。
詳しくは、朧座衆 募集要項を御覧下さい。

申楽という言葉は、平安時代からありました(もっとも、当初は「猿楽」という表記が使われていました。「猿」の字を嫌った後世の役者達が、「申」の字を用い始めたようです)。
本質的には、寺や神社の境内などで、演者・見者が一体となり、神仏に感謝の意を込めて奉納する芸能であったろうと思われます。
その本質は、しかしいつしか、「申楽」という名と共に忘れ去られて行きました。
そして今、現代に生きる私達は、現代に生きる申楽を創造したいと考えています。
「今申楽」──今の世に相応しい申楽を再興したい、と。

その為には、「今申楽」を共に創って行ける同志の存在が、どうしても必要です。

今申楽の三文字を見て、何かを感じた方。
我、朧座衆たらんと思う方。
この先の道のりを、共に歩んでみませんか?

経験不問。今申楽 朧座一同、たくさんの御応募をお待ち致しております。

2005年07月15日

「いまどき」のヒーロー像に物申す

MSN Japanによれば、今秋、『仮面ライダー THE FIRST』と題する映画が公開されるらしい(詳細)。悪の組織「ショッカー」の幹部役で出演しているという辺土名一茶氏が、「仮面ライダーとして参加したかった。羨ましいなと複雑な気持ち」などと記者会見で冗談を披露している。
否、辺土名氏本人は冗談のつもりかも知れぬが、実は冗談では済まされぬものがあるのではないか。
というのも、私の目にはどうしても、主役(仮面ライダー1号・2号)の方々よりはまだしも辺土名氏の方がライダー役に近いのではないかと映じてしまうのだ。

根本的真理として、そも仮面ライダーとは屈強の猛者であらねばならないのではないか。私はそう思う。
しかるに、この度の主役のお二人は、正直なところあんまり腕っ節が強そうには思われないのである。彼らよりむしろ辺土名氏の方が喧嘩が強そうに見えるのだ。少なくとも、もしも私が女子供であれば、彼らよりも辺土名氏を頼る。

この映画に限った事ではないが、「いまどき」のヒーローはアイドル的な整った顔立ちであるという事がむやみやたらに優先され、強そうに見えるか否かという事は二の次に置かれるらしい。アイドル好きな母親達と制作会社とが、あるべきヒーロー像の秩序を崩してしまったのであろう。老婆心ながら、昨今のあんなモヤシみたいなヒーローもどきを見て育つ子供達の将来が案ぜられてならない。

「いまどき」なるものを無批判盲目的に過信して、壊してはならないものまで壊してしまう。
ヒーローは悪と戦い抜くために強くあらねばならぬ、そのヒーロー役に細身の美形を配してしまう。
これを要するに、ミスキャストであり、古き良き伝統に対する悪しき無理解であり、「ヒーロー物」の何たるかを本腰入れて考えぬ怠慢とまで断じては、いささか口が過ぎようか。
考えても見れば、これらの事全て、今申楽 朧座旗揚げ公演における反省点とも相通ずるものがあるやに思われる。人のふり見て我がふり直せという事か。

悪役には悪役の醍醐味がある。今秋の映画、辺土名氏には思うさま悪の華を咲かせてやって戴きたいし、また1号2号のお二人には、会見の様子からは想像もつかぬ名演技で彼奴ら悪の一味を粉砕し、この昔気質なヒーローファンを一発黙らせてやって戴きたいと密かに願うのである。

2005年07月18日

ある虚構を真に賞味せんと欲すれば

かつて、私はさる大学の日本語日本文学科に数年在籍していたのだが、そこはどこまでも「解釈」と「分析」とが重んぜられる世界であった。
例えば本当に『源氏物語』というような文学を研究しようと思うのであれば、京都に引っ越して宇治に数年住んでみるとか、明石や伊勢まで実際に歩いてみるとか、比叡山で修行してみるとか、そういう事の方が私は大事だと思う。あるいは、世にも上等の恋をして、男を磨く、女を磨くというのもあの物語の読み手としては一見識であろう(こういう事に私がとかく言う資格はないけれど)。そうして、あの物語に登場する男女さながら、調べ優しい恋歌の一つや二つ、さらりと自然に口をついて出てくるようになれば、これはいよいよ資格十分という事になるのではないか。
ともかく、図書館にこもっている暇など、あまりないのではないか。それが、私が「国文学」に対して抱いた最大の疑義であった。

ある虚構を真に賞味せんと欲すれば、早その世界の住人となってしまう事。
そこが要諦であろうと信ずるのである。
そこで私は、申楽を大学の図書館に学ぼうとするより、朧太夫と名乗り朧座を率いて、現代に今申楽という名の新しい芸術を創ろうと心に決めたのであった。

2005年07月24日

余計なお世話

とある知り合いの劇団から頼まれ、公演の受付周りをお手伝いがてら本番も観て来た。
うーむ…ああ、もったいない。
中には力のある役者さんもいて、よく奮戦していると思うのだが…ああ、もったいない、もったいない。
もったいないお化けとやらが出るのでは。

ゲッソリして帰って来た。
他所さまの芝居なんぞにあんまり情が移ってしまうのはすこぶる危険であるなと痛感。
言うなれば人妻に惚れるようなもんである。
ああ、いかん。一体何をくだらん事を書いているのだ。
精神衛生上、実に実に宜しくない。

ひとつ滝にでも打たれたい心境である。

返す返すも、もっと愛してやれば良いものを…。
作品を。共演者を。そして自分を。
自分の演ずる役と、自分という演技者とを。
ま、お人好しもこの辺にしておこうか。私は朧座の主宰、朧太夫。

何やら、書いているうちに悲しくなってきてしまった。
柄にもなく、深く溜息をついてみる。

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