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2005年08月 アーカイブ

2005年08月02日

ク・ナウカ『王女メディア』を観て

Wさん

こんにちは。昨日、朧座衆の一名も誘ってク・ナウカの千秋楽を観て来ました。
私の場合、どうしても作り手の目で見てしまいます。
(これってやや悲しい気もしますが、もはやどうにもなりません。まあ、そういう醒めた意識を束の間忘れさせてくれる作品との出会いを求めているという事になりましょうか…)
従って、感動一辺倒という訳には行きませんでしたが、さすが大先達劇団、学ぶところ思うところは多々ありました。

残念ながら中盤、動きの女優と語りの男優のテンションが合っていない箇所があり、女優にかなりムカついたり(これ、人間浄瑠璃なら致命的だと思うのです)、千秋楽のせいか終演後の役者の挨拶がやたらサービス過剰でしつこかったり(これは観客にも責任がありますが)。
しかし最も感じた事は、自分の産んだ息子を殺して悠然と去ってゆく母、こういう人物造形に、私はついに全くリアリティを見出せなかったという事です。それにもし仮に脚本・演出・俳優等の力量によってこれがリアリティを持ち得ていたとしても、私はおそらくそこに共感する事はないのではないか。そう思わざるを得ませんでした。
だって、日本人の女はそんなえげつない事しませんもの…。

日本に生まれて良かった。あの作品に対し、こういう招かれざる感想を抱いてしまうところが私の厄介な性分であります。

思えば北条政子もまた、「我が子を見殺しにした」「いや、自ら手にかけた」などと一部の人々から言われておりますが、改めて、私どもに課せられた責任は重大である事を、思わぬところで再確認させられました。
僭越を承知で断ずれば、朧座はとにもかくにも大先達ク・ナウカによる大古典『王女メディア』を凌駕する作品を是非とも産み出さねばなりません。
と、そこのところを今一人の座衆と確認しあって、帰路につきました。

読み返せばひねくれた物言いの数々、どうかお許し下さい。Wさんならきっと笑いながらお読み下さるだろうと思いまして…

朧太夫

2005年08月04日

つまらなさそう

昔、私がまだ幼かった頃、父にこっぴどく叱られた事がある。
とある本の題名を見て私が「つまらなさそう」と感想を洩らしたところ、「内容も読まぬうちから決め付けるな」と雷を落とされたのだ。
ちなみにその書名、『路傍の石』と言う。いざ中身を読んだところ涙が止まらなかった私は、いたく己の不明を恥じたものだった。

さて、そんな苦い経験を持つ私ではあるが、それでも言わせて戴こう。
井沢元彦氏の手になると言う新作能『桐葵』、これはきっとつまらないに違いないと。
かつて瀬戸内寂聴氏は新作能(『夢浮橋』)を手がけた時、能に造詣の深い知人に「それだけはやめておけ。晩節を汚す事になるから」と諌められたそうだが、ことほどさように「新作能」なる催しは作家をして満天下に恥をかかせる悪行であるのだろうか。
井沢氏の『逆説の日本史』シリーズを読んでいると、時折卓見を展開されているやに思う箇所もある。
しかしどうも、この度の『桐葵』、あらすじを読んでいると、氏の歴史観を今度は新作能に託して開陳しようという魂胆が見え隠れしている。とまで断じてはいささか穿った態度に過ぎようか。
いや、この際氏の歴史観云々はどうでも良いとして、このあらすじ、ただ単純につまらなさそうである。

私が大阪城をネタに新作能を書けと言われたら、(今のところ大阪という土地にシンパシーを持ち合わせていないので先ずは丁重にお断りするが、どうあっても書け、さもなくば家族を殺すと脅されたら)仕方がない。夏の陣の後、壊滅炎上した城の跡地、ちょうど太閤殿下御愛用の能舞台のあった辺りから、夜な夜な笛や鼓の音が風に乗じて聞こえて来るとの噂が立つ。ある夜、京の都から一人の尼僧が人目を憚りつつ彼の地を訪い、密かに読経を上げている。と、いつしか彼女の眼前にはかつて見た能舞台が現出、俄かに幕が揚がって煌びやかな面装束に身を包んだシテ(能の主役)が躍り出る、太刀を振るって敵の明智勢を討ち果たす武勲を謡うその声は、懐かしいそのお声は…「まんかか様、殿下にあらせられまするぞ」そう尼僧の耳元で囁くのは、おお、見ればこれも懐かしい顔ぶれ、先に滅んだ豊臣家恩顧の大名どもではないか。見所(観客席)の向こうには、秀頼君、そして相変わらず小癪な茶々の顔までもが…
シテは明智を討ったる後、あっぱれ天下人となって尼僧にかく謡いかける。「浪花のことも 夢のまた夢…」
と、舞台も失せ見所も失せ、役者も見物も皆夢の如くに消え失せて、一人件の尼僧だけが彼の城址に残されるのであった。完。

やれやれすっかり脱線してしまったが(ゴメンナサイ)、とにかく私が言いたかったのは、
「題名とかあらすじとかチラシとかを見て、『つまらなさそう』くらいの感想は言わせてもらっても良いのではないか」
と言う事である。演劇は観てみないとわからない、故に看板の果たす役割は大きいのである。
そも日本の演劇には看板にちっとも神経を払わぬというところが多過ぎると思う。
従って、宣伝美術にそれ相応の気を使っている劇団には一定の敬意を表するし(しかし一方ではそんな事当たり前の話ではないかという気もするが)能のチラシなんかは私、口が悪くて申し訳ないが、他人事ながら本当に気恥ずかしくなるような資源の無駄遣いがほとんどで、能楽堂で私が一体どういう顔をしながらかかるチラシの一群を手に取って眺めているか、ひとつビデオに収めて関係各位に御高覧戴きたいものと痛感する。好意一辺倒のお弟子の御婦人方だけではない、世の中には根性の曲がった悪質な客もあるのだと言う事を知って戴きたいのだ。

言い過ぎであろうか。正論は時に人を追い詰める。

要は『路傍の石』さながらに、幼い私を黙らせて下されば良いのである。看板から中身の質の高さを読み取れぬ、この目の利かぬ幼稚千万な私を。

もっとも『路傍の石』は今見れば素晴らしい題名だと思うけれども、『桐葵』なる題名の良さがわかる日が将来私に訪れるかどうかはちと怪しい。ついでにも一つ意地悪を申せば、この題名このあらすじで実際に本番に足を運ぶかどうかとなると、さらに怪しい。遠いし。

2005年08月06日

どの駅も同じ発車メロディーではつまらない

朧座制作部より「日々朧々、このところネガティブな話題が続いていますねえ」と、感想とも軽い警告ともつかぬ声が聞こえてきた(ちなみに制作部判断でお蔵入りとなったエントリーは過去2、3回ある)。いざ読み返してみれば、我ながらいかがなものかと思われる憎まれ口の数々ではあるが、はっきり言って根がネガティブなのだから致し方ない。そもそも「今申楽」という発想自体、現状に対する極めてネガティブな眼差しに端を発しているのだから。そうは言っても、今日立ち読みしてきたビジネス関係の古本にもこんな事が書いてあった、「人の悪口を言うのは止めましょう」と。だから、という訳でもないが、今回はポジティブに行く事にする。

以前私はJR蒲田駅で感動した事がある。発車メロディーが、あの素晴らしい『蒲田行進曲』なのだ。
それはもう、階段から落っこちるくらい感動した。なんて乙な趣向であろう。
ああいう遊び心を持ち合わせた駅がもっと増えれば良いのに…と思っていたら、先日恵比寿駅の発車メロディーがヱビスビールのCMソングになっている事に気付いた。良いぞ良いぞと思っていたら、今日高円寺駅で鳴り響いたのは阿波踊りの発車メロディーであった。
調べたところ、8月の間だけという懲り様であるらしい。素晴らしい。神は細部に宿る。

どの駅も同じ発車メロディーではつまらない。そう思ってしまう私の感性はやはり日本人的ではないのであろう。
しかし私は、日本文化なるものはおよそ日本人らしからぬ日本人たちによってこそ創造されて来たと考えている。紀貫之も藤原定家も世阿弥も、皆そうだ。そういう意味では、私は己の感性を不満には思っていない。そう、繰り返すが、どの駅も同じ発車メロディーではつまらないのである。

そこでJR東日本に提案である。今度は四ツ谷駅の発車メロディーを、ヒュードロドロドロ…とやってはどうか。
もちろん、四ッ谷駅の職員は全員お岩稲荷にお参り必須である。事故が起きてはいけない。

と、締めは再びネガティブに収めてみた。

2005年08月10日

この世はアナログに出来ている

今月22日まで、静養のため国外逃亡致します。携帯電話はつながりません。御用の趣はtayu@oboroza.comまでお願い致します。
静養と言ったってその実、次なる脚本の事を四六時中考えねばならない訳で、真なる静養などはあり得ぬと腹を括っている。腹を括ってはいるが、ともかくこの机この書斎、この日常を離れて別天地に身を置く事が今は肝要なのである。

先日、親友Yと久しぶりに遅くまで会食した。Yの仕事はシステムエンジニアである。いつもノートパソコンを持ち歩き、レストランの食卓にもそれを置きキーボードを叩きながら食事をし会話をしていた。
仕事柄、パソコンを手離せる時間が他人より少ない事は承知しつつも、いささか心配になった。第一普通に考えれば、相手に失礼だし消化に悪い。
「運動不足に気を付けろよ」と忠告したところ、「いや、それは朧太夫が常にペンを手離さないのと同じ事さ」と言う。
そんなものかなとも思い、その時は強く反論もせず帰路についたが、今にして思えばペンとパソコンとでは雲泥の開きがあるのであった。故にこの場を借りYに反論しておく(直接反論すれば良いのだが、電話よりメールの方が有難いなどと寂しい事を言っていたので)。
ペンは、あくまでも己一人の脳内に生ずる様々の想念を書き記すものである。対してパソコンは情報機器である、そこには世界中の他者の想念が氾濫している。
ハッキリ言う、Yよ。パソコンは便利だが、同時に頗る危険な代物である。向き合う時間は必要最低限に抑えるべきだ。でないと、体によくない。
君はデジタルの専門家であるが、私はアナログの専門家である。そして、言うまでもないが、この世はアナログに出来ているのだ。
こんな事、わかりきっているに違いない。わかりきっている事が、次第次第に怪しくなって行くところが、パソコンをはじめ人間の作り出した麻薬というものの恐ろしいところだ。

NHKの『ニュース10』という番組、お天気キャスターがコンピューターグラフィックスで描かれた空間で天気予報をやっているが、あんな演出、ほんとに必要あるのだろうか。普通にスタジオで当たり前にやるのはいまどきダサいという訳なのだろうか。NHK教育でもやたらにコンピューターグラフィックスが濫用されているが、ああいう画面、子供の目や脳にはむしろ有害でさえあるのではなかろうか。
しかし世間では、何か新しい技術が開発されると、それをいかにも素晴らしい前進、歓迎すべき発展であるかのように誉めそやすのが常である。ああ、またどうでも良い技術が増えてしまった、これでまたややこしい事になる、戦争だの飢餓だの公害だの、世の中考えねばならぬ事は他にいくらも山積しているのに…そういう考え方は果たしてネガティブなのだろうか。

Yよ。君もたまには別天地に身を置いたらどうだ。パソコンなしネットもなしという別天地に、たまには。
水商売の人間ほど、休肝日を設けて酒から身を守る必要があるよ。

(そういう反論をブログなんかで行っている私も、相当問題があるな…)

2005年08月25日

始動の時

23日、演出家決定。私朧太夫と陳俊宏(朧座演出部)の共同演出とする。
24日、「面」「装束」並びに朧太夫との共同制作で「作り物」(簡素な舞台装置)以上三点の制作を、さる造形作家にお願いするべく、台本を手渡しする。正式な御返事を戴くのはもう少し後の事となろうが、どうも修禅寺という寺にはここ最近縁を感じておられたらしく、前向きに考えて下さるようだ。

脚本第二稿に向けての蓄積も相当進んできている。第一稿はともかく、いわゆる演劇台本の文法に従って書いた。第二稿では、これをいかに「今申楽」のための台本に展開して行くかが私の課題である。ま、あまり書くと「ネタバレ」になるので奥歯にモノの挟まったような書き方しか出来ぬ事がもどかしい。観阿弥世阿弥も言っている、秘すれば花なり、秘せずは花なるべからずと…

そしてまもなく、上演日程並びに会場が正式決定の見通しである。
今申楽第二作『修禅寺』、いよいよ本格的に始動の時を迎えつつある。

2005年08月27日

祭りは生きている

一昨日・昨日の両日は、事務所の御近所・天沼八幡神社の御祭礼でした。一昨日は大変な台風でしたので、さぞ関係者の方々は御苦労なさった事と思います。私は昨日、お参りをすませて参りました。
ここで大変興味深かったのが、普段は雨戸で閉め切られている神楽殿が開け放たれ、そこでお神楽が催されていた事です。能舞台と構造は一見よく似ておりますが、しかしいざこうして見ると、やはり神楽殿は神楽のためにあるのかなあという気になりました。
この神楽を拝見していてとりとめもなく思いついた事を、いくつかしたためておきます。

○出し物は、私が見た限り『倭建命』『稲荷山』『巫女舞』『福徳の舞・宝授け』、それにタイトルはよく聞き取れませんでしたが日本神話に取材したもの、それに確か『納めの舞』と称する大団円の舞でした。
「私が見た限り」というのは、境内に居座って神楽の一部始終を眺めていた訳ではないからです。途中、昼食に一度、喫茶店に一度、出かけました。神楽は演じられては休憩、また演じられては休憩というリズムで、合計すると非常に長時間の上演に及ぶのですね。従って祭りに訪れる人も、ずっと境内に張り付いているのではなく、私のように神社に出たり入ったりを繰り返しながら、その時々の神楽を楽しむという方が多いのではないでしょうか。
これを要するに、いつでもその時々の見物人が参加出来るストリートパフォーマンス性が神楽にはあるという事になるでしょう。無料で、興味があれば立ち寄って見ていくも可、なければ通り過ぎるも可、という形態です。

○とにかく、今日の能・狂言(またその原型であった申楽)、その源流を体感する為には、神楽を見るに如くはなし、と痛感しました。(もちろん、能・狂言が神楽に逆輸入されている場合もありますので、一概に言う事は危険なのですが)。

○「舞」はやっぱり必要ではないか。すみません、詳しい事は一切省きますが、とにかくそう思ったという事だけ記しておきます。

○当り前の事かも知れませんが、神楽というのはとにかく「神話」を伝えるという事が目的なのですね。従って、「神話」性さえあれば、古いとか新しいとか言う事は大した問題ではなくなるのかも知れません。
ごめんなさい、これも詳細は省きます。

○この神楽には、素朴で大らかで荒削りな良さがありました。それは今日の能の洗練されつくした様式美とは別種のものです。

○神々の面を着けた演者の方々はほとんど無言(ただしごく稀に短い台詞を発する。それは神の声を模したと思われる特殊な発声法で、よく聞き取れませんでした)。その仮面無言劇に、舞台の幕の後にいる禰宜さんが現代語でナレーションを入れて行くという手法でした。言わば人間浄瑠璃の趣です。このナレーションが、一人何役も演じ分ける上に、なるべく子供にも分かるような解説を交えながら物語の地の文をも担当するというもの。禰宜さんの語りの腕は相当のもので、私などは聞いていて名声優の故はせさん治氏を髣髴させられました。

○大黒役の衣装が素晴らしく、殊に目を奪われました。

○「もどき」(いわゆるひょっとこ)の舞が、これまた素晴らしかった。おかしく滑稽でありながらもどこか神秘的で、子供たちがそれを飽きずに見入っているのです。
見物人を見渡すと、とにかく平均年齢が若かった。子供さんや私より若い方々がたくさんおられました。
この方々なら将来今申楽を支えて下さる筈だと、大いに勇気が沸きました。

○祭りは生きていると実感出来ました。

2005年08月28日

そろそろ真剣に朧太夫の面を

日々朧々の文体を変えてみる事にしました。デアル調からデスマス調に。これには訳があります。

昔、芝居を本格的に始めたばかりの20代前半の頃、諸先輩方と仕事を御一緒しながら心の奥底で密かに感じていた事があります。
「30代の役者って、なんであんなにとんがってるんだろう?」
いやもう、それはそれはいろんな目に遭いました。もちろん、その全てが今の私の貴重な肥やしになっている訳で、いびり抜いて下さった方、ぶん殴って下さった方、千秋楽が済んだら殺しに行くと真面目に宣告して下さった方をはじめ、諸先輩方には本当に感謝しております。有難う御座いました。
まあ、それはさておき。
「30代の役者って、なんであんなにとんがってるんだろう?」
これが、幼い当時の私には疑問に思われて致し方がなかった。ところが、最近ようやく、その訳がわかってきたのです。
今年30になる私自身が、いつの間にやら、とんがってきているのです。これは、自分の文章をあとから読み返してみるとよくわかります。非常に攻撃的な筆致を帯びがちなのですね、このところ。好ましい事ではないと知りつつも、言葉を紡ぐうち、ついついキーボードを叩く指先に毒がこもってしまうのです。これはいったい何故か。

恥を忍んで白状すれば、これは要するに焦りの故ですね。本来の及第点よりも、はるかにはるかに売れていないという焦り。30代ともなればもう良い大人であって、本当ならもっと売れていなければならない筈なのに、現実は厳に深刻である。かかる焦りこそが、今の私を含めた多くの同年代の同業者を、しばしばやけにとんがった態度へと硬直させる原因なのではないか──と、思い至ったのです。

そしてこのままでは、私はますますとんがった方向へと進んで行く可能性があります。
なぜなら、私には実は三大願望というものがありまして、
一、朧座衆には、朧座の仕事だけで美味しい御飯を食べて戴く
一、朧座専用劇場兼宿泊施設を建てる
一、将来、日本文芸史の教科書に今申楽という一項目を立てさせる

以上三点を、なるべく早期に実現したいと私は考えているのですね。ところが、これらの願望に比べて、今現在の私が置かれている現実と言ったら…!この理想への距離、考えただけでも眉がイライラとつり上がって来るではありませんか。
これは精神衛生上、大変宜しくない。こんな顔色の悪い人間に一座の太夫が務まるものでしょうか。
そもそも、昔の私は諸先輩方のつり上がった眉を見ながら密かに決意していたのです。決して自分は、ああはなるまい、と。
では、この不機嫌の傾向をいかに断つか。と、そこで思い至ったのが、この日々朧々の文体問題なのです。
今まではデアル調で書いていました。私はもともとデアル調が好きですから。
しかしこのデアル調、論文論説の類で社会の悪を斬るといった趣にはよく馴染むのですが、読者への感謝の念とか尊敬の念とかを表現するにはなかなか向いていません。そういう目的には常体よりも敬体、デスマス調の方が向いています。
実際、私も朧座衆のメーリングリスト等では日々デスマス調を使っているのです。
よし、先ずはここからだと思いました。座衆メーリングリストだけではなく、日々朧々をお読み下さる全ての方々に、もっと言葉で敬意を表するところから始めよう。
朧座衆とは、もとは朧座に御縁を持って下さった全ての方というのが原義なのですから。そういう意味では、このブログをお読み下さっている方全てが朧座衆なのですから。

考えてもみれば、こういうスタンスの方が、今申楽一座という「サービス業の本分」論から言っても妥当のようです。三大願の実現も、こちらの行き方で行く方が早そうですね。
という訳で、悪を斬ると言ったスタンスはもうそろそろ止めておきます。
そろそろ、真剣に朧太夫の面を着けませんとねえ。

とは言いながら、これから先も時には怒りが爆発して、デアルが噴き出す場合もあるでしょう。
その時は、どうぞ再びお付き合い下さいませ。

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