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2006年03月 アーカイブ

2006年03月02日

陰暦2月3日

昨日、朧座次回作の仮チラシを持って、とある劇場を訪れました。そこで今日から行われる公演の当日パンフに折り込んで戴く為です。
この公演には、朧座の関係者も俳優・スタッフとして携わっており、彼らの御好意でちょっとだけ劇場の中を見せて戴く事が出来ました。
いやはや、緊張しますね。他所様の公演、それも本番前日の小屋の中というのは。
この劇場に来るのは、私は初めてでした。県が建てた大型の劇場で、駅から歩いて7分ほどのところにあります。
歩きながら考えたことがあります。
劇場の周りになんにもないなあ…と。

この国の舞台芸術をとりまく現状を象徴しているかのような物寂しさでした。

ここはたまたま、とある県だからそれがわかりやすいのです。
これが東京だと、やみくもに人が多いので、店なんかもやたらにあってわかりにくい。
下北沢など良い例で、小劇場がたくさんあるところに、若者の街ということでいつも賑わっているものだから、ついここが「演劇の街」であるかのような錯覚を抱きがちです。
本当に下北沢は演劇の街なのか。
若者の街にたまたま本多系の小劇場が集中しているという事ではないのか。

日本で舞台芸術が本当に生きていく為には、何をなすべきか、何がなされるべきか、このところ真剣に考えています。
おそらく興行者の側、観客の側、双方に意識改革が必要なのでしょう。
ただ私自身は興行者の側なので、その線で言いますと、やはり関係者は自分達を「売る」という努力をしなければならないと思います。主催者は当然ですが、主催者だけではなく、俳優もスタッフも全員、せっかく自分達の創るものをより多くの方に観て戴こう、観て戴かねば自分達の仕事はまるで意味がないのだという意識を持つべきだと考えます。

それがチケットノルマというような次元でなく、根本的な意識の部分においてなされる事を私としては望んでいます。また、俳優やスタッフが自分達の作品を誇りを持って宣伝できるような、そんな作品を創らなければならないと思います。大前提として。

2006年03月10日

陰暦2月11日

私朧太夫は、当朧座の公演において、主に四つの仕事を兼務している。
作・演出・出演、そして製作である。

前回公演でも、私はこの四つを兼務していた。その四つのうち、私が「よくやった」と自分で自分を褒めてやりたいもの、それは製作である。人はあまり褒めてはくれないのだが。
他の三つは、どれも私一人の仕事ではない。台本は私が書いたというより原作者が私に書かせたようなもの。演出は共同演出。演技は共演者、特にワキ僧に支えられての事。
出来にしても、後から思えばああすれば良かった、こうすれば良かったと思う部分が少なくない。
ところが、製作、これだけは明らかに私一人の仕事だった。出来についても、まずは納得している。ともかくも、今申楽の第一歩を踏み出すという当初の目標を達成できたのだから。

人はあまり褒めてくれない。が、それで良いと思っている。
裏方の中の裏方なのだから。

観阿弥も、世阿弥も、学者たちはその芸術家としての美しい「面」にばかり心奪われて、面の裏側にある興行師の「素顔」を忘れている。
それで、良いのだ。

製作という仕事を、今の私はとても楽しんでいる。
それを幸せに感じる。

2006年03月12日

発酵期間

前作『香炉峯』は、正味2〜3週間で書き上げた。
今作『修禅寺』は1年以上かかった。しかも、まだ書き終わっていない。いろいろですね。
 
今は、筆を擱いているのである。発酵期間。
頭の中で、プチプチと音を立てて何物かが発酵しているのがよくわかる。変な感覚である。
まあ、発酵食品というのはおしなべて美味ですからね。要するに乞う御期待という訳で…シュウウウ。

発酵という化学反応を、何か勘違いしていますかね。ワタクシ。

さて、発酵期間はやみくもに台詞なんかをひねり出したりせず、週刊誌でも立ち読みしながら悠長に今作のコピーを考えてみたりする。

「渡る幕府も鬼ばかり」

発酵期間、も少し続く。ネチャネチャ。

2006年03月24日

陰暦2月25日

まもなく、当サイトのリニューアルを行います。
旗揚げからしばらくの間、「今申楽 朧座」は実質私一人でした。しかし時は流れ、今や朧座は私一人とはいえない状況になってきました。
この流れを反映して、サイトもより公式性あるものにします。

さて、リニューアルについて、デザインと運営管理をお願いしているクリエイターのMさんと先日話をしました。
Mさん、さっそく能の本を購入されて勉強されていた。さすがです。いつか、本物の能にお誘いせねば。
で、その席で能楽とはなんだ、申楽とはなんだという話をしたのですが、どうも自分自身の論に甘さというか不徹底というかを感じつつ帰路について、そのあとちょっと気付いたことがあります。

かつてさる能楽師が、能楽講座の席でこのような事を述べておられたのを思い出したのです。
「今日、能は演劇と芸能の両側面を持っている」
それで、その論法を拝借して言うと、私は能の芸能面にはひとまず興味がないのですね。あの職人芸の極みともいうべき摺り足。人によってはあれを2歳3歳から叩き込まれるわけです。もちろん、20歳を過ぎて初めて能に出会った私にあれが勤まるとは思っていないし、第一やろうとも思っていません。
さて、かの能楽師は今一つ、能には演劇の側面ありと言われたのですが、果たしてこれはどうでしょう。私の結論を先に言ってしまえば、本来そうあるべきだ、本当はそうでなければならないのに、実際に能を観ると必ずしもそうは言えない舞台も多い、という事になります。

能は、かつては「申楽の能」と呼ばれる演劇だったのです。が、今やその演劇面を捨て去りつつある。なぜ捨て去りつつあるか、今は深入りしません。
ともかく、私は演劇に携わる身として、今の能を「これも演劇」などと言うつもりはありません。この私の持論を力強く支えてくれている好著を二冊ご紹介しておきます。『能・狂言の芸』(堂本正樹著・東京出版)と『現代能楽講義 能と狂言の魅力と歴史についての十講』(天野文雄著・大阪大学出版会)です。双方とも理論的に書かれてはいますが、その根底にあるものは「能は本当は演劇のはずじゃないか」という血の出るような思いに他ならない、と一読者である私は思っています。

かつて私は「新しい能を創る」などと号していました。しかし、それは多くの語弊を招く表現であると、やがて気付きました。能は演劇・芸能の両側面、特に芸能の側面を強く喚起させてしまう言葉なのだと。私の本意としてはむしろ演劇面を強調したかったのですが、それは「能」という言葉を使ってしまうと難しくなるのだと。
もちろん、本当は「新しい能を創る」と言ったって間違いではないのです。能はもともと広く芸能を意味する語であり、私が現在仲間とともに創っているのは「今申楽の能」なのですから。
でも、まあ、あんまり語弊を伴う表現はプレゼン的には不向きですよね。ですから最近はこう言っています。
「申楽を、今、創り直す」と。

さて、ではその「申楽」とは一体どんなものだったのでしょう?
そして、我々の創るべき今の「申楽」とは?
ここに、演繹の旅は果てしもなく続くのであります。

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