« 2006年05月 | メイン | 2006年07月 »

2006年06月 アーカイブ

2006年06月03日

稽古初日

台本最終稿も上がり、演者・スタッフほか公演概要も決まり、チラシも無事印刷所に入稿された。
そしていよいよ、今日から稽古が始まった。

と言っても、まだ地慣らしのようなもの。本格的な稽古は7月に入ってからと思っている。今は、他の役者と今回の作品について、また演劇について、大いに語り合いながら互いの信頼を深めて行きたい。
いずれ、芸術的な大ゲンカがし合えるくらいの仲までに…

さて、本日の雑感。
私、今回初めて共演する役者もいて、ワクワクドキドキの数時間であった。
他の劇団本番に出演中で稽古に参加出来なかった役者もいる…早く皆で稽古がしたい。もう、楽しみで仕方がない。
全員の課題は、もっと台詞をスラスラ読めるようになる事。その為に、自分の知らない単語(「金吾」だの「魔事品」だの「六書八体」だの、わんさか出て来る…皆、頑張れ!)の意味を調べてきてもらうよう頼んだ。それも、自分の台詞のみならず、他人の台詞まで…だって演劇は皆で創るのだから。
作家である私が単語の意味や読み方を最初から説明してしまう事も可能は可能だ。だがそれでは学校だ。そして学校で教わる事というのは、だいたいが身にならずに終ってしまう。

今後、しばらくの間は読み稽古を丹念に続けて行きたい。

2006年06月10日

稽古2日目

チラシが完成したので稽古場で役者に手渡す。皆喜んでくれて良かった。その作品に関わることを演者に誇りに思ってもらえるような、そんなチラシが一番だ。チラシに負けないよう、しっかり稽古して行かねば。
(ところで私は、チラシよりオクバリとかオワタシというような名称の方が良いのではないかと最近思っている。ぞんざいにチラシてなんかいるから演劇は動員が伸び悩むのではないか、サラ金でさえ駅前でティッシュをオワタシしているではないか…と。だから今回のフライヤーも、なるべくならチラスのではなく、お客様一方一方に丁寧にオワタシしたいものである)

今日も読み稽古。阿部氏が絶好調だった。「この役はこんなイメージがあるのでちょっとやってみても良いですか」と言うので試してもらった事がある。こういう申し出は作演出としてとても嬉しい。
途中、ある長台詞を、一例として私が読んでみた。自分で書いた台詞なのに、何度かつまづいてしまった。恥ずかしい限りである。反省。

帰り際、役者達が、役者同士の日常会話も鎌倉時代語でやってみたらどうかと話し合っていた。鎌倉時代語は厳密には再現できない(できるものなら試してみたいが、テープがないので土台無理である)、あの台本にあるのは正確には鎌倉時代語ではないと補足しておいた。言うなれば擬鎌倉時代語である。しかしともかく、台本の話し言葉で日常会話も行うというアイディア自体は素晴らしい。演出も候文でやってみようかな。「今のとこ、ダメ出し申したく存じ候」とか。
公演後、出演者全員ハットリ君みたいになっているかも知れない。

2006年06月17日

稽古3日目

先週まで他劇団に出演されていた山本氏が、本日から稽古に合流。これで5人揃った!全員揃うと当たり前だが何かが違う、闘志がもりもりと湧いてくる。
今日は台本の前半部分をざっと読み通した。やはり古語と歴史的仮名遣いに関しては一通り説明しておく必要があると感じた。
川野氏が、今回の役を演じる事について、いろいろと思い悩んでおられる様子だ。今後、1日に1回は頼家・政子のシーンを稽古したいと言われた。同感である。

明日は演奏家3名も含め、全演者の顔合わせである。楽しみだ。

2006年06月18日

稽古4日目(顔合わせ)

今日は役者+音楽チーム+美術チーム+舞台監督+製作で顔合わせを行った。今まで個々に顔を合わせてきた今回のメンバーが、ここについに一堂に会したのである。こうして見渡してみると、改めて、心強い方々がお集まり下さったなと思う。殊に演奏家彩氏・内田氏のお二人とは、私も初対面で感無量であった。お会いしたかった!
昨日は、作・演出・出演・製作として、また朧座主宰として私が思うところを皆さんにお伝えした。今申楽はかくありたいと願うポイントを三つ、忌憚なく皆さんに聞いて戴いた。一、演劇と音楽の関係について。一、「まつり」について。一、仮面について。

相変わらずの口下手で初歩的なミスもあったが、今後に生かすより他はない。
ともあれ、今申楽 朧座『修禅寺』はようやく港に着いた。いよいよ出航である。

2006年06月24日

稽古5日目

これまで3回読み稽古を行い、その要を痛感したので、歴史的仮名遣い及び台本の古語部分の現代語訳を行った。参ラスなどのいわゆる「謙譲語」については、狂言を習っている役者でさえ理解不十分であった。たまたま学生時代に国語科の恩師に恵まれ、国文法の基礎くらいは叩き込まれている私のような者は、言葉を商売道具とする役者の世界においてさえ決して多いとは言えない。それもそのはず、国語学者の発明(?)したこの「謙譲語」なる用語からして、実は多分に事の本質を見誤った命名であるのだ。本当はへりくだってなどいないのだ、古典の「謙譲語」は…。学者からして文法を誤解している向きが多いのだ、これでどうして真っ当な知識が世に広まろう。
誰の誰に対する敬意か。考えてみれば、そこを解さずに敬語文を読む事など不可能なはずだ。恐ろしい事である。

時代劇をやる時は、古文の知識が必要である。

その後、台本の後半部分を読み通した。
頼家政子のシーン、これはもう、何度でもやってみるに如くはなさそうだ。今のところ。

About 2006年06月

2006年06月にブログ「日々朧々」に投稿されたすべてのエントリーです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2006年05月です。

次のアーカイブは2006年07月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type