午前中、装束担当福原氏に前回公演『香炉峯』の装束をお見せする。その時、氏から舞台衣裳について大変貴重な教示を得た。そもそも氏は衣裳に「思い」を込めすぎぬようにしておられるという。役者にとって水の如く空気の如くゼロなるもの、それが氏の心がける衣裳であるという。
翻って、「小野小町」とか「六条御息所」とか、そういう個人格を象る能面は存在しない(正確には存在するが、極めて例外的である)。可憐な乙女なら小面、嫉妬に狂った鬼女には般若…といった具合に、いわゆる「つぶしのきく」、汎用性ある面がほとんどである。
その事と氏の教唆とには、どこかしら通底するものがあるやに思われるのである。
思うに、面にせよ装束にせよ、そこに「思い」を込めるのは最終的には役者の仕事に他ならぬという事であろう。この話、体調不良のため残念ながら本日不参加の山戸氏(美術監督・面)を交えて、改めて論じ合いたいと思う。
さて福原氏は、前回公演の装束のうち、特に「里の女」(清少納言の化身姿)に手がかりを得られたらしい。
13時、稽古開始。最初の2時間ほど、「声」チーム(阿部氏・JERSEY氏)と「女」チーム(私・山本氏)に分かれて、自由に時を過す。こういう時間、非常に有意義ですね。
川野氏が来てからは、頼家シーンを重点的に稽古した。幽体離脱に狂乱に母との死闘である。氏は相当疲れたと思う。1日1ステージが限界ではなかろうかと、らしからぬ弱音を呈しておられた。
しかし、見えてきたものがあるとも言っておられた。
それにしても、立ち稽古に入ってからは殊更発見の連続で面白い。
当初の予定にはなかったが、政子が太刀を振り回すシーンまで出てきた。女にとっては相当重たい筈だ。気を付けねば。
また、今日であったか昨日であったか、山本氏が非常に印象的な事を呟かれた。
今回の稽古場、なぜか巨大なトトロの張りぼてが隅っこに置かれているのだが、氏曰く、この芝居を観てからあのトトロを見ると実に心が癒されるというのである。
なんでもない一言のようだが、この一言が数時間後、私に徹底的な示唆を与えてくれた。
これも当初の台本には書かれていない、この物語の最後のシーンが浮かんできたのである。
それはともかく、役者としての私の課題、それは政子である。母である。
己の腹を痛めた赤子のあやし方というものが正直まだよくわからない。
悩み始めた。子宮が欲しい今日この頃。
しかし共演者各位の演出補的協力によって、出演演出二足の草鞋ながら大分救われている。心から感謝している。