まず、殺陣の稽古。このシーンの稽古は、もちろん役者の安全面を考えても繰り返し行っておくべきであるが、この作品全体の演出を考える上においても非常に示唆的なものを含んでいる。ゆえに今後も毎日行いたい。
頼家と声の「洞窟」シーン。このシーンには前後2場があるが、今日は初めて後半の方を立ち稽古した。
頼家が元気過ぎると注文した。頼家の症状を考えるための一つの手がかりとして、「老い」という言葉も口にした。とにかく頼家は弱りきり疲れきっている筈だ。元気には見えない筈だ。
政子・侍女のシーン。このシーンがなぜうまく行かないか。今日は稽古を延長して、そこを皆で語り合った。そこで判ったことがある。
「演劇とは何か」という事を、突き詰めて考えねばこの公演の幕は開かない。
この当たり前の一事に気付くのに、2週間分の稽古日、期間にして1か月半を要した。
大なる収穫だったと言うべきであろう。
そして、あと1か月が残されている。あと1か月で、4千円の舞台を創らねばならない。
人間、存外変われるものだ。