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2006年09月 アーカイブ

2006年09月02日

陰暦閏7月10日

いつの間にやら、秋の足音が聞こえておりますね。
皆様いかがお過ごしですか。
私はと言えば、どうもまだ頭がボーっとしてしまっておりまして…いやはや。
先日も仕事に出かけたのですが、備品を全部家に置き忘れたりして。

清少納言を扱った旗揚げ公演『香炉峯』が一昨年6月。その直後、「次回は北条政子で行くか」というような話になって、で、とある日の昼、先ずはとるものとりあえず修善寺に出かけたのがちょうど今から約2年前。何も深くは考えず、ただ気の赴くままふらふらと家を発った覚えがあります。鈍行を乗り継ぎ(東海道の景色を眺めながら行きたかった)修禅寺に着いたのは16時近くだったでしょうか。足早に宝物館を見学して(そこで見た宝物たちとその後浅からぬ付き合いになろうとは、その時は知る由もなかった)、で、その足で奥の院に向かったのでした。まさかあんなに遠いとは思わなかったので…歩けども歩けども目的地には辿り着かず。ただひたすら物寂しい道が延々と続くのです。時折、路傍に小さな石仏なんかが登場するのが尚一層たまらなく寂しい気分にさせる。そうこうするうちに、ついに日が暮れ始める。街灯なんか本当にわずかなのです。
何度、引き返そうかと思ったことか。
奥の院に着く頃には、あたりは真っ暗闇になっていました。何も見えない。ただ、上の方から滝の音が聞こえるのですね。どうやら石段みたいなものを上がっていかねばならないらしい。私は、石段を上がるのは断念しました。ただ、滝の音のする方角に向かって手を合わせひたすら祈りました。
「どうか、良い作品が書けますように」

今だから書きますが、この時私は、何者かに励まされたような気持ちになったのをよく覚えています。
そして先の道を引き返し、修禅寺近くの宿に一泊し、帰京して構想に取り掛かった。否、帰りの電車の中で既に構想は始まっていた。
爾来、掛け値なしに地獄の日々が私を待ち受けていたのですが、それについては今は述べません。とにかく、物を書くとは地獄の苦しみであるということを、その後2年かけて私は知った。

いつの間にやら、秋の足音が聞こえておりますね。
あれから2年も経ってしまったのだと、うすぼんやり思う今日この頃です。

2006年09月03日

陰暦閏7月11日

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平

この歌、確か学校か予備校でこんなふうに教わりました。昔は娯楽が今と比べて少なかったから、桜が咲く!なんて他愛もない事が人々にとってはそれこそ人生の一大事だったのだと。
でも、それはちょっと違うのではないかと最近思う。
人生の一大事を後回しにさせてしまうような、誠に遺憾な事情が現代には多過ぎるのではないかと。

ふと、今夜鈴虫の音をゆっくり聴く機会があったのですね。
改めて聴き入ってみて、やっぱり最高の贅沢と思う。
自動車の騒音やなんかで現代人は麻痺させられているのです。
昔は娯楽が今と比べて少なかったのではなく、現代人はエセ文明の為に五感が鈍って来ているに過ぎない。私はそう思う。

私は、今度今申楽をやる時は、なるべく自然の中でやってみたい。
日本の自然や史蹟の良さを思い出してもらう事が、我々一座の願いなのだから。
そういう意味では、我々の活動を「劇団」という語で括る事には無理があると最近気が付きました。

鈴虫が鳴いているような土地で、今申楽を催したい。
その為には、鈴虫が鳴いているような土地を探さねばならない、いやもっと言えば、そういう土地を増やして行かねばならない。

そういうことこそが、実を言えば我々一座の本当の仕事なのです。
やはり我々は、いわゆる「劇団」ではないようです。

2006年09月07日

若干の手直し

『修禅寺』第一回公演の疲れもようやく取れ始め(まだダメダシをしたりされたりする夢を見るが)、残務処理に当る日々である。が、どういうわけか今日、合間につらつらと『香炉峯』の台本に若干の手直しなんぞを加えてみたのであった。
2年も経つとさすがに相当客観的になっていて、当時であればあれこれ考え込んでしまったであろう箇所もすいすい修正を進める事が出来た。
『修禅寺』はどのくらい経ったらこれくらいスムーズに書き直せるようになっているのであろうか。

さて、いつごろどこでやったものか。『香炉峯』再演は。

陰暦閏7月15日

秋篠宮妃の「帰って参りました」は、名台詞というべきではないでしょうか。
それに比べてご実家のコメントは全然感心出来ません。そもそもあの陶淵明はお別れの時の詩でしょう。
「宮様、ごきげんよう」で良かったのに。

物書きとして勉強になります。

2006年09月09日

陰暦閏7月17日

さて、ところで申楽の「嫡流」とも言うべき今日の能・狂言の世界において、清少納言や源頼家・北条政子らは一体いかように取り扱われているのでしょうか。
これが驚くべきことに、彼らを取り上げたものはついぞ見当たらないのです。
600年の歴史の中で埋もれて行った中には、そういう幻の曲もあったのでしょうか。とにかく現行曲の中に、彼らを取り上げたものはどうやら存在しないらしい。
平安・鎌倉期と言えば、世阿弥ら往時の能作者らがこぞって材を求めた時代です。広く知られているように、源氏物語も、義経や静御前もみな悉く能に取り上げられています。それがなぜ、少納言や頼家政子らについては皆無であるのか。
思うに、無視されてきたのではないかと私などは推察しています。
事情があって、取り上げるわけには行かなかったのではないか。
そしてそういう題材の方が、どうも私とは相性が良いらしいのですね。なぜか。

何しろ今となっては私、少納言や頼家政子、ほとんど友達感覚ですからね。
書き始めるまでは、そんなに詳しく知らなかったけど。

『修禅寺』が終わり残務に当たる日々ですが、早くも私の周囲からは「次は日野富子か」「遡って額田王あたりはどうか」「卑弥呼はムリか」「いや、朧太夫にはそろそろ六条御息所をやってほしい」などなど有難いご意見を戴いています。
いや、別に女形で行くと決めているわけじゃないんですが…。
畜生塚をやってほしいなんて渋いご要望もありました。殺生関白・豊臣秀次ですね。

さーて、ほんとに次は何をやりましょうかね。
(でも、実を言えば私、まだそれほど元気じゃない。)

という訳で、小声でひっそり告知してみます。「今申楽で次見たいと思うネタ、募集中…」

2006年09月18日

陰暦閏7月26日

最近知ったのですが、先月の公演以来、このブログを毎日チェックして下さっている方もいらっしゃるとの事。
すみません、その後あんまり更新してなくて…
同業者のブログを覗きますと、律儀な方なんか毎日更新してたりね。なかなか真似出来ません。
元来のズボラな性格に加えて、書けるような事、書くに値するような事、があんまり無いんですよねえ。
困ったなあ。

生きていればそれなりに毎日何かしら感じたりしているわけですよ。
でもねえ、それを書くかねえ。書いたところでそんなもの、面白いかしら。
仕事柄、書くって事に多少神経質過ぎるのか。なんてうだうだ考えてます。最近。

2006年09月21日

陰暦閏7月29日

先日、書けるような事、書くに値するような事があんまりない、と書きました。
が、考えてみるとそれは嘘でした。
書けるような事も、書くに値するような事も本当はたくさんあるのですが、単に書く体力が湧いて来ないんですね。
私は、台本なんかはもとよりブログに書き散らす駄文に至るまで、ものを書く時はそれなりに疲れるのです。
疲れずに書く技を習得したいものです。ねーよそんな技、と突っ込む肩の上のもう一人の私…

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