いつの間にやら、秋の足音が聞こえておりますね。
皆様いかがお過ごしですか。
私はと言えば、どうもまだ頭がボーっとしてしまっておりまして…いやはや。
先日も仕事に出かけたのですが、備品を全部家に置き忘れたりして。
清少納言を扱った旗揚げ公演『香炉峯』が一昨年6月。その直後、「次回は北条政子で行くか」というような話になって、で、とある日の昼、先ずはとるものとりあえず修善寺に出かけたのがちょうど今から約2年前。何も深くは考えず、ただ気の赴くままふらふらと家を発った覚えがあります。鈍行を乗り継ぎ(東海道の景色を眺めながら行きたかった)修禅寺に着いたのは16時近くだったでしょうか。足早に宝物館を見学して(そこで見た宝物たちとその後浅からぬ付き合いになろうとは、その時は知る由もなかった)、で、その足で奥の院に向かったのでした。まさかあんなに遠いとは思わなかったので…歩けども歩けども目的地には辿り着かず。ただひたすら物寂しい道が延々と続くのです。時折、路傍に小さな石仏なんかが登場するのが尚一層たまらなく寂しい気分にさせる。そうこうするうちに、ついに日が暮れ始める。街灯なんか本当にわずかなのです。
何度、引き返そうかと思ったことか。
奥の院に着く頃には、あたりは真っ暗闇になっていました。何も見えない。ただ、上の方から滝の音が聞こえるのですね。どうやら石段みたいなものを上がっていかねばならないらしい。私は、石段を上がるのは断念しました。ただ、滝の音のする方角に向かって手を合わせひたすら祈りました。
「どうか、良い作品が書けますように」
今だから書きますが、この時私は、何者かに励まされたような気持ちになったのをよく覚えています。
そして先の道を引き返し、修禅寺近くの宿に一泊し、帰京して構想に取り掛かった。否、帰りの電車の中で既に構想は始まっていた。
爾来、掛け値なしに地獄の日々が私を待ち受けていたのですが、それについては今は述べません。とにかく、物を書くとは地獄の苦しみであるということを、その後2年かけて私は知った。
いつの間にやら、秋の足音が聞こえておりますね。
あれから2年も経ってしまったのだと、うすぼんやり思う今日この頃です。