世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平
この歌、確か学校か予備校でこんなふうに教わりました。昔は娯楽が今と比べて少なかったから、桜が咲く!なんて他愛もない事が人々にとってはそれこそ人生の一大事だったのだと。
でも、それはちょっと違うのではないかと最近思う。
人生の一大事を後回しにさせてしまうような、誠に遺憾な事情が現代には多過ぎるのではないかと。
ふと、今夜鈴虫の音をゆっくり聴く機会があったのですね。
改めて聴き入ってみて、やっぱり最高の贅沢と思う。
自動車の騒音やなんかで現代人は麻痺させられているのです。
昔は娯楽が今と比べて少なかったのではなく、現代人はエセ文明の為に五感が鈍って来ているに過ぎない。私はそう思う。
私は、今度今申楽をやる時は、なるべく自然の中でやってみたい。
日本の自然や史蹟の良さを思い出してもらう事が、我々一座の願いなのだから。
そういう意味では、我々の活動を「劇団」という語で括る事には無理があると最近気が付きました。
鈴虫が鳴いているような土地で、今申楽を催したい。
その為には、鈴虫が鳴いているような土地を探さねばならない、いやもっと言えば、そういう土地を増やして行かねばならない。
そういうことこそが、実を言えば我々一座の本当の仕事なのです。
やはり我々は、いわゆる「劇団」ではないようです。