さて、ところで申楽の「嫡流」とも言うべき今日の能・狂言の世界において、清少納言や源頼家・北条政子らは一体いかように取り扱われているのでしょうか。
これが驚くべきことに、彼らを取り上げたものはついぞ見当たらないのです。
600年の歴史の中で埋もれて行った中には、そういう幻の曲もあったのでしょうか。とにかく現行曲の中に、彼らを取り上げたものはどうやら存在しないらしい。
平安・鎌倉期と言えば、世阿弥ら往時の能作者らがこぞって材を求めた時代です。広く知られているように、源氏物語も、義経や静御前もみな悉く能に取り上げられています。それがなぜ、少納言や頼家政子らについては皆無であるのか。
思うに、無視されてきたのではないかと私などは推察しています。
事情があって、取り上げるわけには行かなかったのではないか。
そしてそういう題材の方が、どうも私とは相性が良いらしいのですね。なぜか。
何しろ今となっては私、少納言や頼家政子、ほとんど友達感覚ですからね。
書き始めるまでは、そんなに詳しく知らなかったけど。
『修禅寺』が終わり残務に当たる日々ですが、早くも私の周囲からは「次は日野富子か」「遡って額田王あたりはどうか」「卑弥呼はムリか」「いや、朧太夫にはそろそろ六条御息所をやってほしい」などなど有難いご意見を戴いています。
いや、別に女形で行くと決めているわけじゃないんですが…。
畜生塚をやってほしいなんて渋いご要望もありました。殺生関白・豊臣秀次ですね。
さーて、ほんとに次は何をやりましょうかね。
(でも、実を言えば私、まだそれほど元気じゃない。)
という訳で、小声でひっそり告知してみます。「今申楽で次見たいと思うネタ、募集中…」