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2006年10月 アーカイブ

2006年10月07日

陰暦8月16日

日々朧々。
数年前、このブログを書き始めた当時は、「今申楽 朧座」といってもほとんど私朧太夫一人であり、さらに観客に至ってはゼロ(まだ旗揚げ公演前だった)という状況でした。よってその頃はあたりかまわず随分勝手に書き散らしていたものですが、いつの間にか朧座には仲間が増え、お客様が増え、誠に有難い事ではあるのですが、しかし昔ほど自由気ままにあれこれ書けなくなって来ているのも事実。
ところがさらに苦しい事に、仲間やお客様が増えたという事は、つまりこのブログを見ていて下さる方が増えたという事でもあるのですよね…。前作『修禅寺』台本執筆中などは、筆が進まず気が塞いだ折などは一ヶ月間更新無しというような事態もザラでしたが、そういう事が果たして今、許されるのか。
断じて許されないという程ではないにせよ、あんまり好ましい事でもない、と、私どこかで思うのです。
無理するほどの事はないにせよ、なるべくならマメに更新すべきと思うのです。
そんなふうに思う今日この頃。

さて、そろそろ次の作品を書き始めようと思っています。
今度は一つ、円谷プロばりの特撮怪獣物をやってみたいなあ、などとも思うのですが、どうなるかまだ全然わかりません。
ともかく突貫工事でも最後まで書いてみないと何とも言えない、というのが今までの教訓ですし。

また溜息と自棄酒の日々が始まるのでしょうか。
いーえ、今回は楽しく書くと決めたのです。乞う御期待。

2006年10月12日

陰暦8月21日

先日、ご縁があったもので、カポエィラ教室を体験して来ました。カポエィラに関する知識もほとんどなく、また直前まで体調が今一つだったので、当初は見学だけさせて戴こうかと思っていたのです、が、不思議なもので、自転車で教室の近くに着いた時、なぜか「体験してみたい」という気持ちが沸々と湧いてきたのですね。自転車が良かったのかも知れません。急遽、スーパーでジャージを買いなどし。

いやはや、カルチャーショックでした。
老後はイギリスの湖水地方に隠居して古代エジプト語を勉強しようかなどと思っておりましたが、そんなこと言っている場合じゃありません。
格闘技というから実は非常に構えてしまっていたのですが、想像していたのと全然違ってびっくりしたのは、皆様結構笑顔を湛えながらやっておられること。もしかすると私の顔が一番引きつっていたかも知れません。というのも、ダンスや音楽の要素がかなりあるのですね。実際に殴る蹴る痛めつけるという種の格闘技ではないようです。

とても興味を持てたのでした。翌日、筋肉痛でしたが。
しかし私がこういうスポーツと出会ってしかも興味を抱くとは、人間長生きしてみるものですね。
なんでまたカポエィラを体験してみる気になったか、その話はまたおいおいということで。

2006年10月13日

陰暦8月22日

学習院大学人文科学研究科の公開連続セミナー「身体表象文化学プロジェクト」。今年、4回受講させて戴きました(講師は各回違います。私が受けたのは太田省吾・岡本章・鈴木忠志・野田秀樹各氏の担当回)。斯界の大先達の講義が無料で受けられるのですから、大変有難い企画です。
それぞれに得るものはありましたが、特に太田・鈴木両氏の講義内容は、私が朧座で抱いている問題領域ともじかに関わるため大変印象的でした。殊に太田氏の紡ぎ出される言葉の数々は圧巻でした。
各講師ならびに当セミナーの企画責任者である佐伯隆幸教授にこの場を借りて深甚の謝意を捧げたいと思います。

それにしても学習院といえば初等科以来16年間、実は私の学び舎でもあったのですが、こんなに真面目に授業を受けたのは高等科の須田信正先生の古文の時間を例外として初めてです。
神田龍身氏とか兵藤裕己氏とか、そういう興味ある教授はだいたい私が中退してから赴任されたのです。

(でも諏訪春雄先生の授業はまあまあ真面目に受けていましたし、大野晋先生には直接習っていないのに語学塔の入口で待伏せして質問をぶつけた事もありました。だからなんだという話ではありますが。)

真面目に勉強していたら今頃どうなっていたのでしょう。能楽師にペコペコしながら「申楽復興論」なんて卒論でも書いていたのでしょうか。
ゾッとしちゃいます。

2006年10月21日

陰暦8月30日

先日、上野の国立科学博物館で開催中の「化け物の文化誌展」に行ってきました。
化け物を科学するという心意気。しかし、それならば「天狗のミイラ」「河童の手」ではなくテング・カッパと表記すべきではないかと思うのですがどうでしょう。
いや、やっぱりカタカナではどうにも収まりきらないあたりこそ、化け物たちの化け物たちたる所以と申すべきでありましょうか。

私の勘違いでなければ、この展示、江戸期の本草学者や蘭癖大名らの間にあっては化け物も一種の実在性を帯びて語られていた、という視座に重きが置かれていたかと思います。
でも、これもどうなのでしょう。本当に、他の動植物同様に実在が信じられていたとするならば、サルやネコの骨を使ってミイラを捏造などするでしょうか。
私は、半ば信じ半ば疑うといった辺りの心持ちで遊んでいたのではないかと思うのです。好奇と諧謔、相交じる感覚とでもいうような。その諧謔の方を忘れてしまうと、化け物の醍醐味は損なわれてしまうような…

ぐたぐたと述べ来って参りましたが、要するに私は、やはり文系志向が強いようであります。
しかしながら、本展示を通じ寺田寅彦氏に興味を持つ事が出来たのは収穫でした。

2006年10月27日

源頼家にまつわる、あるショッキングな伝説

今日は陰暦9月6日。という事は、ちょうど鎌倉の頼家が死の淵から蘇って、周囲を大いに狼狽させたという、あの時期に当るわけである。

先ほど、実に久しぶりに、部屋の大掃除と夕飯の自炊とを行った。どのくらい久しぶりかというと、8月の公演の準備が本格化して以来初という、私としては大変な快挙なのである。その間何ヶ月に及ぶかも定かではない。
己の性格はある程度知っている。この私が大掃除と自炊を始めた、という事は、つまり、いよいよ本格的に「我に返った」という事なのである。千秋楽からちょうど2ヶ月。正気に戻るのに2ヶ月も要するというのは、プロの芝居屋としていかがなものかと、内心忸怩たるものがある。一方で、そんなんでプロ失格と言われるようなら失格で結構、アマチュアで結構、バーカと開き直る私もどこかに潜んでいて、我ながらまったく始末に負えない。

見返してみると、この「修禅寺」のブログは、本番2日前の小屋入り・仕込み時のエントリーを最後に、事切れるようにして終わっている。本当は、他の同業者の真似をして、千秋楽までコツコツ書き続けるつもりであった。が、無理だった。白状するが、本番前日はほとんど徹夜だった。正確には1時間くらい寝たが、寝たというより、ありあまる雑務の中で突っ伏して気絶していたという方が、その場の雰囲気を言い得ている。まことにブログ更新どころではなかった。
一度禁を破ってしまうと、もう止まらない。生来のサボリ根性が頭をもたげて、本番中、ただの一言も言い残さぬまま、ついにとうとう今日に至る。

まあ、稽古場最終日までは無理やりにでもどうにか続けたのだから、稽古日誌としてはあれで良しという感じで、ひとつ大目に見てやって下さい。

とにかく、気が張っていたせいであろうか。千秋楽後は、さながら浦島太郎のごとく。我知らぬ間に、ただただ時は行き過ぎた。
むろん、この2ヶ月、単に廃人だったわけではない。公演の残務整理もある、自分の生活もある、それなりにいろいろやってはいるのだが、しかし、どこかで、心ここにあらずであった。

皆様。ただいま帰りました。

で、「ああ、自炊って良いなあ、なんて安くて美味いんだろう」などと(大したものは作ってないのだけれど)しみじみ思って、その後ふとウィキペディアで「源頼家」を検索してみて、そこで初めて、脳天に焼け火箸を打ち込まれるような感覚を味わわされたのである。

驚くなかれ。そこには、なんと、こう記されているではないか。
「(前略)反発した頼家は、比企氏と組み北条氏討伐を計るが、逆に比企氏は滅ぼされ(比企能員の変)、頼家は将軍職を剥奪され伊豆の修禅寺(静岡県伊豆市)に幽閉される。幽閉先の修禅寺では近隣の子供達と付近の山々を遊びまわったりして子供の面倒見は良かったらしく、現代でも愛童将軍地蔵というものが当地には残されています。翌年、北条氏からの刺客により暗殺。また、頼家の死体から大量の妖怪が生まれたという言い伝えがある。」

近隣の子供たちと遊んで面倒見が良かったなどというのは、かなりマニアックな伝承であって、私の知る限り、書籍では地元の書店発行の郷土史本の類でしか見かけたことがない。(しかし、余談だが、私はこのマイナーな伝承を、実はそれなりに重く見ているところがある。この時代の常として、怨霊説話の主となって一向におかしくない頼家がそうはならず、むしろ先述のごとき微笑ましい伝承が、しかも民間にささやかに残されている辺り、何かしら示唆的なものがあるやに私は思うのだ)
しかし、これは頼家や修禅寺について調べた者ならば出くわす話である。
私が己の目を疑ったのは、最後の一文だ。

「また、頼家の死体から大量の妖怪が生まれたという言い伝えがある。」

こ…これはいったい…。
この記述は、いささか刺激が強すぎる。心臓の弱い者が読むとショック死する恐れがあるのではないか。
「頼家の」「死体から」「大量の」「妖怪が」「生まれた」
どの文節を取り出してみても、十分にショッキングであり、読む者をして打ちのめさずには置かぬ破壊力を秘めている。否、秘めてなどいない、むき出しだ。
こんな言い伝えに接するのは、初めてである。
どなたか、詳細を知っておられたら、是非とも御教示を願いたい。

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