« 2008年03月 | メイン | 2008年05月 »

2008年04月 アーカイブ

2008年04月03日

花見

靖国神社に花見に出かけた。訳あって、今年はここの満開の桜を、是非とも目に焼き付けておきたかったのである。
いつもは何もない境内の一角が、今日は幕で仕切られ、かなりの数のパイプ椅子が置かれていた。今日から3日間、ここで恒例の「奉納夜桜能」が催されるというのである。
空模様は快晴、境内の桜という桜は今まさに満開の時を迎えている。咲き匂うそばから、しかも、こぼれるように散って行く。その桜のもと、由緒ある能舞台で演ぜられる今夜の『蝉丸』は、さぞ情緒も抜群であろうと思われた。受付の方が「今日は最高ですよ、是非ご覧になって行かれなさい」と熱心に勧めて下さる。
時間もあるし、観て行こうかな、と、一瞬思った。そして、すぐに取りやめた。

この贅沢なシチュエーションにただただ圧倒され、魅了され、その美に酔い尽くす。ああ、やっぱり日本人に生まれてよかった、などと思ってみたりもする。普通はそれで良いのだろう。神社という場所に足を運んだ者の所感として、妙な表現だが、まずは正解に属するのだろう。
浸るのは日本人の癖だ。そして、確かに桜の花というのは、無条件に人を浸らせてしまう。

だが、しかし。ここの桜は、本当はただの桜ではないはずである。

明日は『巻絹』、明後日は『杜若』が演ぜられるという。それもよい。
が、この靖国の桜のもとで真に演ぜられるべき曲を、おそらく世阿弥ら往古の能作者は、誰一人として手がけてはいないと私は思う。

舞台の前では、神職がお祓いをしている。客席では、スタッフが諸々の準備に駆け回っている。
関係者がそこかしこを忙しく行き交うなか、私は、パイプ椅子の一つに勝手に腰掛け、実は彼らと全く違うことばかり考えていた。

2008年04月13日

矛と盾

映画『靖国 YASUKUNI』、何はともあれ、観てみたい。「一部の人々」のせいで観られないという事態は残念である。
しかし、もしも、実際に観てみて、そんな「一部の人々」に賛成したくなる内容だったとしたら…。

2008年04月27日

神社にも歴史がある

昨日、久しぶりに修禅寺に行って来た。
近くの喫茶店にて、地元の方から思いもかけない嬉しい言葉をかけて戴いた。
本当に嬉しかった。

さて、行きはバスだったが、帰りは修善寺駅まで歩いてみることにした。徒歩40分くらいの道のりである。
途中の道沿いに、とある神社が建っているのは前から知っていた。そして、「前に一度くらいはお参りしたことがあるはずだ」と勝手に思い込んでいたが、昨日、境内に足を踏み入れてみて、もしかしたらそれは錯覚だったかも知れないと思いなおした。

『修禅寺』という本を書くにあたって、関連する場所には、基本的に全て足を運んでいるつもりだった。伊豆山神社や建仁寺などなど、話の内容と直接のつながりはない場所であっても、である。そして、この神社も、『修禅寺』とまったくの無縁というわけではないのだ。
訪れていておかしくない。むしろ、一度も訪れていない方がおかしい、といっても過言ではないような場所なのだ。

ここを訪ねたという明確な記憶がない。日記などつけていれば、確かめられたのだが。
境内を見渡した時に、既に「おや」と感じていたが、案内板の説明を読んでいくうちに、「やっぱりここに来るのは初めてではないか」という思いが増してきた。
もし、前にも来たことがあるとするなら、その記憶はほとんどまったく、私から失われているのである。

何らかの力によって、執筆中の私がここに来ることが阻まれた。又は、ここに来た記憶が消された。
一応、そう想像することも出来なくはなさそうだ。が、想像はこのあたりで措くとしよう。
事は人智の及び難い領域に属するのかも知れぬ。

ただただ、私は「神社にも歴史があるのだな」などと思いつつ、修善寺をあとにした。

About 2008年04月

2008年04月にブログ「日々朧々」に投稿されたすべてのエントリーです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2008年03月です。

次のアーカイブは2008年05月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type