昨日、久しぶりに修禅寺に行って来た。
近くの喫茶店にて、地元の方から思いもかけない嬉しい言葉をかけて戴いた。
本当に嬉しかった。
さて、行きはバスだったが、帰りは修善寺駅まで歩いてみることにした。徒歩40分くらいの道のりである。
途中の道沿いに、とある神社が建っているのは前から知っていた。そして、「前に一度くらいはお参りしたことがあるはずだ」と勝手に思い込んでいたが、昨日、境内に足を踏み入れてみて、もしかしたらそれは錯覚だったかも知れないと思いなおした。
『修禅寺』という本を書くにあたって、関連する場所には、基本的に全て足を運んでいるつもりだった。伊豆山神社や建仁寺などなど、話の内容と直接のつながりはない場所であっても、である。そして、この神社も、『修禅寺』とまったくの無縁というわけではないのだ。
訪れていておかしくない。むしろ、一度も訪れていない方がおかしい、といっても過言ではないような場所なのだ。
ここを訪ねたという明確な記憶がない。日記などつけていれば、確かめられたのだが。
境内を見渡した時に、既に「おや」と感じていたが、案内板の説明を読んでいくうちに、「やっぱりここに来るのは初めてではないか」という思いが増してきた。
もし、前にも来たことがあるとするなら、その記憶はほとんどまったく、私から失われているのである。
何らかの力によって、執筆中の私がここに来ることが阻まれた。又は、ここに来た記憶が消された。
一応、そう想像することも出来なくはなさそうだ。が、想像はこのあたりで措くとしよう。
事は人智の及び難い領域に属するのかも知れぬ。
ただただ、私は「神社にも歴史があるのだな」などと思いつつ、修善寺をあとにした。