歴史を冒涜することなく
一昨年の勧進今申楽で「笛」をお願いした太田さん。ひょんなことから先日一緒に飲むことになった。
曰く「朧太夫のブログを読んでると心配でしょうがない。およそ文章家のブログじゃない。狂ってるよ。」
最近は本当に洒落ではなくなってきているのである。元海軍の方に面識を得てインタビューさせて戴いたり、世田谷の特攻観音にお参りしたところ、思わぬ方と出会い思わぬ御助言を戴いたり、つい先日もさる堂上貴族の御子孫に偶然お会いし、そこで靖国にまつわる思わぬお話をうかがったり…
いずれも、どう考えても偶然で片付ける訳には済みそうにない出会いが、さらに次なる出会いを呼び…という感じ。
私は、とにかく靖国・特攻隊に関する作品を最後まで書き上げねばならない。果たして私に書けるかどうか、荷が重すぎはしまいかと一時は弱気にもなったが、今では腹を決めている。
手元の構想メモは、結構な分量になりつつある。何せほぼ毎日、何かしら書き綴っている。それをこのブログに載せるわけには行かないのがもどかしい。
ポイントは、とある少尉が残した辞世の歌である。あまりの純粋さゆえ、私が今までに見かけた中で、もっとも心打たれる一首。その中に「御国」という言葉が出てくる。さて、少尉がこの一語に込めたものはなんであろう。それが知りたい。知ることは永久に不可能であろう。にもかかわらず、私はそれを知りたい。また、おそらくそれを次作の中に描かねばならぬ。
私は、ここ数日、その少尉の心が、ほんの少しだけわかってきた気がするのである。
歴史を冒涜することなく作品にその歌を引用するためには、作家として少なくともかくかくしかじかの手続きを経ねばならないであろう、ということが。
と、次作にまつわる話はあれこれと尽きないのだが、さて、次作のことばかりかかずらっているわけにも行かない。
『修禅寺』3度目の上演を現在企画中である。詳細は決定次第、随時当サイトでお伝えさせて戴く。御期待を乞う次第である。