3度目の『修禅寺』が始まる
このところ、今年9月の『修禅寺』出演者関係の舞台が続いている。
伊東由美子さん、山本常文さん、遊達人さん、田渕正博さん…観ていると、ああ、この人たちと新しい『修禅寺』を創るのかと、今からとても楽しみになってくる。小栗銀太郎さんの芝居ももうすぐだ。
さて、ところで、私は彼らの舞台の当日パンフレットに『修禅寺』の仮チラシを折り込ませてもらっている。仮チラシにはこのサイトのアドレスも載せてある。ということは、つまり、彼らの舞台に足を運んで、そして当方の仮チラを見かけて気になった方々が、このサイトを見始めて下さっているということだ。
更新せねば…もっとヒンピンと…シュクシュクと…
9月の『修禅寺』では、朧座として新しい試みをいくつか行うつもりである。その関係もあって、今は忙しい。地味な作業に追われる日々である。
そのさなか、ふと気分転換を兼ねて、先日久しぶりに靖国神社に足を運んだ。
今年創立140周年を迎えるというこの社の事を、私は朧座の新作に何らかの形で取り上げるつもりなのだ。それで、この社の来し方行く末を私なりに考え続けているのである。
考えれば考えるほど、深い、単純でない問題が、そこには横たわっている。私は、この問題にがっぷり正面から取っ組みたいと思っている。いやしくも今申楽を号する身が、これを取り上げずして何の今申楽か、とまで最近は思っている。
しかし…境内の新緑を眺めつつ思った。今は、9月の『修禅寺』に向けて全力投球あるのみである。
新作──タイトルももうほとんど決まっているのだが──の構想には、しばらくの暇を請う事としよう。
さあ、3度目の『修禅寺』が始まる。政子は、頼家は、花は、三郎は、四郎は、声は…どこにいる?