遅筆堂逝去に思う
作品の出来不出来はともかくとして、遅筆堂などというのは不名誉な二つ名である。本人は気に入っていたのだろうが、台本が間に合わず公演休止も数多度などという作家を最高権威に戴く日本の演劇界なるもの全体の不名誉である。
私は、朧座を旗揚げする以前、稽古初日に第一稿さえなく、下手をすると本番直前に上がってくることも珍しくない斯界の常態を目の当たりに見て、ああ、俳優とは劇作家の奴隷の謂であったのか、これでは未だ日本に演劇が実在しない(していませんよね)のも無理からぬことと悟った。
なぜ、俳優は稽古に遅刻も許されないのに、劇作家は本番間近に第一稿を上げて「おめでとう」なんて言われて宴の席まで用意されるのか、まったく理解に苦しむ。
最後まで書き上げたら、遡っていろいろ手を加えるべきところがあるはずだ、本来。それが本番直前では、もう俳優への遠慮で出来ない。第一、時間もない。
そんな演劇は、要するに滓と言って差し支えない。
そのうえ私の場合、敵は数百年間磨き込まれてきた台本である。稽古中に第一稿なんか上げてるようではもとより勝ち目はない。何が遅筆堂だ、そんな堂は取り壊せという気分にどうしてもなってしまうのである。
私の気分をわかって戴きたい。
ちなみに私は、第一稿が上がるまでは小屋を押さえない主義なので、よく「ごたくはいいから早く書け」「忘れ去られるぞ」などと周囲から叱咤の声を頂戴する。私は、そういう方々にこの場を借りて深甚の謝意を表する。
まあ、この話は、もういい。冥福を祈ります。
とにかく、我々は日本の演劇を創らねばならぬ。
そのためには、劇作家を先生呼ばわりする悪弊を改め、稽古初日に第一稿があるのは当たり前という矜持を持つことである。
やっぱり、日本の演劇はこれからである。