今、この国は、言葉が軽い
前回、大作家某の悪口を書いた数日後、今度は別の大作家某がNHKの朝のニュースで馬鹿な事を言っていた。著書『親鸞』をネットで無料公開するという。「これからはネットの時代。プロもあぐらを書いてはいられない」とかなんとか得々と語り、NHKのキャスターも提灯を持っていたが、金を出して本を買った読者は一体どうなる。いわんや悪人をやなどというのは、さしずめ彼らのような者のことを言っているのであろう。
そうこうしているうちに、とうとう首相が辞めた。沖縄や徳之島の人々の心を弄び、世界の警察気取りのあの国にはなめられ、警戒され、愚者とまで罵られ、近隣諸国はやりたい放題。辞任の弁を聞けば、国民が聞く耳を持たなくなったとなどと責任転嫁しておきながら最後に、それも己の不徳などと唐突に陳謝を装ってみたりする。週刊誌の広告に「阿呆か詐欺師か」なる小見出しを見かけたが、けだし的を得た評であろう。
大作家と言われる人々から政治の長に至るまで、なぜ、かくもかくも、言葉が軽いのであろう。
今、この国は、言葉が軽い。その理由について、私はいささか考えるところがある。
これすなわち、目下構想中の新作のテーマとも繋がってくるのであるが。
日々朧々ならぬ、日々鬱々の今日この頃なのである。
言霊の幸わう国と歌われたのは、いずれの御世のことであったか。