先日、友人Kの誘いで、根津美術館の能面・能装束展を観に行った。
Kは、自分自身あまり能に触れたことがないので見てみたい、また私の新作構想の刺激ともなればという思いで誘ってくれたのだった。
残念ながら、展示された能面の多くは江戸時代のものでつまらなかった(すなわち職人による古作の模倣が多く、概して創造性に乏しい)のだが、ただし私の観るところ、格別に凄まじいのが一つだけあった。泥眼である。桃山から江戸にかけての作らしい。
その頃は、まだ申楽は芸術の息吹を保っていたということか。
こういう面を見ると、そう感じる。作者はもちろん狂っているし、あんなものを着けて舞った日には役者もみんな狂うだろう。また、そういうものを目撃した客の精神もおそらく無傷ではすむまい。そんな面だった。「こりゃ怖えわ」「フツーじゃねえわ」と、ガラス越しの「魔女」の美貌にKともどもしばし魅入られたことだった。
Kは「もともと能面はすべて専用面(どの曲に使うか、決まっている面。一角仙人、俊寛、猩々など)だったのではないか、それが時代が降って量産体制に移ったために、小面や般若などの非専用面が主流化したのではないか」「格闘技の観点から観ると(彼は空手をやっていた)、まず対戦相手の目の動き、ついで足の動きを読まねばならないが、能の場合は面のために視線も読めず、装束のために足はおろか体全体の動きも読めない。そこが怖い」という感想を述べていた。
そして、今申楽にとっての能の位置を実感してくれたようだった。
今申楽にとっての能の位置。それは、一般の観客にとって必ずしも必要な知識ではない。私はそう思っている。
しかし、実際のところ、今申楽『香炉峯』にとっては能『井筒』『杜若』等が、今申楽『修禅寺』にとっては能『葵上』『隅田川』『自然居士』等が、劇作術上におけるいわば原作に該当するのである。
以前の私は、能を尊敬しているとか、能から影響を受けているとか、そういうことを馬鹿正直に言っていた。近頃は、そういう昔の馬鹿正直さに一抹の羞恥心を覚えぬでもない。覚えぬでもないが、しかし、すでに今申楽などと銘打ってしまっている。どこまで行っても能と全くの無縁ではあり得ぬという出自を語ってしまっている。
願わくは、いつか能から極めて遠く、しかもそれでいてなお申楽の名に最も相応しいようなものをこしらえてみたいものである。
少し話が逸れた。とにかく、これまでの今申楽2作の言わば原作に当たるものが実は能なのである。
そういうことを、能をあまり知らない今申楽の観客が、何かのきっかけで気付いてくれるという現象。今の私にはいささか気恥ずかしい。しかし、正直なところ、やはり嬉しい。つまるところ、私は性懲りもなく能にいまだに惚れているということである。
惚れ直さざるを得ないではないか、ああいう「魔女」に突然出会ったりすると…。
再び話は逸れる。
ここ最近、私は伊藤若冲の動植物画、円空の仏像、そして映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』と出会った。それらは、いずれも、凄まじいまでの異形の美をみなぎらせて私を魅了した。
そして、これは私の独断だが、やはり各々原作を有しているのである。そして、その原作に対する真なる尊敬の故に、どうにかしてそれを凌駕してやろう、克服してやろうという決意をも。
若冲の動植物画の原作。私は、それは釈迦涅槃図であろうと思う。
円空にあっては、平安期以来の木造仏がその原作に当たっていよう。
『ヱヴァンゲリヲン』に描かれる異形(作中では使徒と呼ばれる)の原作は、故・成田亨らが『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』等でデザインした怪獣・宇宙人に他ならないであろう。ああいうものを子供物と高を括ってはいけない。子供は嘘を見破るので若き日の芸術家連中も本気であった。『ヱヴァ』にビラ星人やプリズ魔が出てきた時は正直驚いたものである。
そして、今申楽では、それが能なのだ。
私もまた、若冲や円空、さてまた『ヱヴァ』のひそみにならって、原作を越えたいものと思う。
目下構想中の今申楽の新作、その原作にあたる能は、『翁』という曲目である。
したがって、私のさしあたっての願いは、この『翁』を越えることにある。
ああ、書いてしまった──。と、まあ、こうやって、己を追い込んでいくわけである。