『広島に原爆を落とす日』というタイトルの戯曲がある。私は、昔からこのタイトルが大嫌いだった。
私は信じる。日本人は、言霊感覚というものをいまだに忘れ去ってはいないはずだということを。広島という地名を使えば、そこには、広島という土地の霊が宿るのである。米国による大量虐殺の犠牲者も、当然ここに含まれよう。
「タイトルを見ただけで吐き気を催す」これが日本人として正しい生体反応というものであろう。私はそう信じる。
そんなわけで、私は実のところ、生まれてこの方この作品を読んだこともないし、上演成果を観たこともない。私の周囲に、いかにこの作品の影響を受けて育った演劇人が多いか──にもかかわらず、である。
そして、宣せずばなるまい。こういうタイトルの作品が、堂々と大手を振って表を練り歩くような演劇界の現状には、一日も早く終止符を打たねばならないと。
そう、場末の薄汚いちっちゃい小屋で、人目を憚ってもっとこそこそと演じられるべきなのである、本来。
アングラは、アングラのままでいいのである。アングラのままがいいのである。