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2010年08月 アーカイブ

2010年08月08日

そろそろ。

友人Kと護国寺に行ってきた。
有名なお寺だが、訪れるのは実は初めて。
Kはもう何度も来ているらしい。参道の途中にある「不老門」なる門が、なんだかエキゾチックでかっこいいのと、あとは境内の雰囲気が好きなのだという。
言われてみれば、確かにこの寺、独特の気に満たされている気がする。私はそれを試みに、「一種サブカル的なオーラ」と呼んでみた。Kは笑って肯んじていた。

綱吉だの桂昌院だのゆかりの品々ほか、結構貴重な文化財も多い。
それでいて、本堂から出てみれば、多宝塔やなんかに交じって、おちこちのビルが不思議とここの境内の眺めにマッチしている。

久々の寺参りは、かなりの個性系と相成った。
「さては今申楽4作目は『お犬様』かな、アハハ~」とやったら、早速Kに「いやおめー、まずその前に3作目だべが」と突っ込まれた。

3作目は…う~ん…一歩一歩進んでおりますよ。
探していた特攻隊員の遺筆もようやく出てきたし。
そろそろ、本気モードっす。

2010年08月16日

この年のこの日にもまた

靖国のみやしろのことにうれひはふかし、と、先帝が詠んだその日が、今年もまた過ぎた。

今上天皇の最大の務めは靖国親拝の実現にあると私は思っている。昭和50年(これがまた皮肉なことに私の生年に当たる)まで、明治・大正・昭和の各帝はみな、九段下の境内に直接に足を運んで、近代日本の創設に殉じたあまたの武人たちの霊をねぎらってきた。
繰り返すが、昭和50年までは何の障りもなく訪れていた、ここが重要なのだ。つまりは、GHQの圧力で天皇親拝が強制的に阻止された、というようなことではまったくなく、要は昭和天皇(及びその路線を事実上踏襲していることになる今上)が、昭和50年を境に、どうやら自発的に靖国親拝を中断している状態なのである。
その後、宮内庁長官のメモなる怪文書がマスコミに取り沙汰され、あるいは昭和天皇は内心、いわゆる「A級戦犯」(そんなもの本当はありゃしないわけだが)合祀に不快感を抱いており、それがために親拝を取り止めたのではないか云々という俗説がいまだに根強く囁かれている。が、これも指摘されている通り、たかが宮内庁長官の私的文書で天皇の内意を推定しようなどという発想がそもそもおかしい。女性週刊誌の域なのだ。
それよりは、三木武夫の発言の方が、まだしも影響大と思われる。昭和50年、三木が首相として初めて終戦記念日に靖国を参拝した際に口走った左翼への阿諛追従、すなわち「総理ではなく三木個人としての参拝である」という妄言は、周知の通り、以後近隣国からの日本恫喝の格好の具と化した。これがあるために、天皇としても近隣国に配慮して親拝を見送らざるを得ない、という一面はあるのではないか。
だが、私は思う。遠慮することはない。天皇は堂々と、昭和50年以前の昔の如く、大鳥居を潜り抜けて英霊を拝し続けるべきだ。
武士の鑑のような人たちも、国家に殺されたも同然の人たちも、本心からにせよ名目に過ぎぬにせよ皆さんともかく「大君のために」ということで戦場に一命を投げ出された方々である。「行かない」だなんてそんな酷いことしていいのだろうか。
私の如き一介の不良国民ですら、たまにはお参りするのである。

天皇の靖国不親拝。実は、戦後日本の諸悪の根源はここにあると私は見ている。
パチンコに打ち興じて子供を車の中で蒸し殺しにする馬鹿親たち。その反動としての親殺し。
全ては、私に言わせると、天皇の靖国不親拝、もっと言えば「親が親ではなくなってしまった」ということ。
ここに尽きるのではないか、と、不良国民たる私はかねがね邪推している。

本当は、倉本聰作・演出『歸國』について述べるつもりだったのだが、序論で力尽きてしまった…。

2010年08月19日

演劇に携わっていて良かった

去る8月15日、赤坂ACTシアターにて倉本聰作・演出『歸國』を鑑賞した。
素晴らしい作品だった。
ご出演の梨本謙次郎さんも水津聡さんもとても良かった。
終盤近く、主人公の妹が声だけで登場する場面があったが、能の面や作り物の手法を使えば、妹役本人を舞台上に出すという手もあったと思う。が、そんな細かい話はさておき、あっという間の2時間だった。ついつい同業者感覚を忘れて見入る、こんな気分を味わえたのは久しぶりだ。
自分も演劇に携わっていて良かったと思い出させてもらった。

「8月15日もの」としては、なかなかこれを越える作品を創るのは難しいだろうと思う。

ここで野暮を承知で白状すれば、数年前の私は、実はこういう作品が創りたかった。
日本兵がフジツボ付きの牛蒡剣で内閣顧問の東大教授を刺してしまうくだりなど、ほとんど同じことを企んでいた。もっとも私の場合は、フジツボ付きの零戦が永田町に突っ込んでくるという場面を思い描いていたのだが…。

だが、いつしか構想を練るうちに、私はその当初の案からだんだん離れていったのだ。たぶん、ある「英霊」の導きだろう。そして今では、だいぶ様変わりした案を温めている。
もうすぐ、産声が聞こえるのではないかと思う。

倉本さんはじめ皆様には心からの拍手を送りたい。
そして、私はともかく私の球を投げるしかないのだと、改めて誓った。

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