朧座香港芸術班、胎動す
三つのアイテム
東京を発つ直前、私は彼らのために三種類のアイテムを用意している。
一つ目はロサンゼルス美術館から直接取り寄せた『NOH and KYOGEN THEATER IN JAPAN』という分厚い書物。全文英語で書かれてはいるが、この書物がいかに優れているかは、掲載されている図版を見るだけでわかる。木材が女面と化して行く各過程を一列に並べて一枚の写真に収めてある。あるいは、装束のどれを体のどこにどのように着るのか、色塗りされた図でわかりやすくかつ詳細に説明している。
能楽の美術面を詳しく知りたい者ならば当然欲するであろうこれらの知識が、実は国内で手に入るほとんどの日本語の解説書には書かれていない。そんな馬鹿なと思われるかも知れないが、事実である。
私は以前、資料集めのためLesと千駄ヶ谷の国立能楽堂を訪れて地下にある図書閲覧室で初めてこの書物を知った時、正直なところ羨望を禁じ得なかった。国内の文化芸術が国外でより詳密に語られているのは何故なのか…。そういえば日本の古典文学に関するサイトも、明らかにアメリカのものの方が充実している。
日本の、重箱の隅をつつくような学者達と、自らの足元を無視して疑わない戦後の世の風潮がなせる業だろうか。
複雑な能装束の世界だが、この書物があれば、香港映画のスター達のスタイリングに多忙なEvelynにとって何よりも簡便な道しるべになるに違いない。
二つ目は、私が古本店で見つかるままに買い求めた過去の美術展のカタログ類である。これは、Lesと『香炉峯』のチラシのデザインについて話し合ったとき、ふと思い付いて実行したことで、内容は中国の山水を描いた雪舟らの水墨画である。
チラシのデザインに役立てばと思ってのことだったが、香港の図書館に行ってようやく気が付いた。わざわざ日本の古書を当たらずとも、山水画なら雪舟の師匠や先輩格に当たる本場中国の画家の作品が、ここ香港では日本より大量かつスムーズに探せるのである。
というわけで、重たい思いをして日本から画集を持ち運んだ苦労は水の泡となったが、より良い絵が見つかったのだから喜ぶべきだろう。どんなチラシが出来上がるかは、実物を見てのお楽しみである。
三つ目、専門の能面師である故・佐々木史生師のお孫さんで、今申楽朧座のスーパーバイザーでもある井上昌隆から借り受けた、師の遺品、未完成品ノーメイクの小面である。
これは二つの意味で大変な貴重品だ。未完の能面など、まず一般人の手に入るところではない。しかも井上からすれば、祖父の大切な形見である。
しかし井上は、学生時代に能楽サークルの部長を長らく務め上げ、謡や仕舞それに大鼓をよくするばかりか、素人ながらに本式の能を舞い、あまつさえ現代演劇やミュージカルまでこなす根っからの舞台馬鹿(失礼)である。彼は言ってくれた。「いかなる形であれ、舞台にかけられる事が面にとって幸福だろう。もし、デザイナーさんがこの面をいじりたいと言うなら、寄贈しても構わないですよ」と…。
すっぴんの小面も、なかなかの美人である。いやむしろ、平安時代風の化粧ではないぶん、現代人にとって普通の能面より親しみやすい顔かも知れない。人間の顔は変わっていないなと再確認したような気持ちになる。こういう刺激物を見て、好奇心の塊のような香港勢がどういう反応を示すか、楽しみなところだ。
大成の目が、この面を見て変わった。彼の名刺に印刷されている「Antique Doctor」という肩書きを思い出させる視線だ。一体、彼の脳裏には今、どんな面が思い浮かんでいるのだろう…。
香港には発想の自由さがある
その後、ここ香港ではさまざまな事柄が決して行ったが、残念ながら本番の幕が上がるまでは明らかにすることが出来ない。乞御期待、とだけ申し上げておこう。
ともあれ、彼ら香港美術班のスピードは速い。物事の処理の仕方が直接的だ。
そこには、型や枠にとらわれない発想の自由さがある。
伝統の重みに遠慮せず、純粋に芸術を志向する理性がある。
やるからには、突き抜けたもの、痛快なまでの新鮮さが欲しい。だからこそ、Lesをはじめとする香港勢に今回の仕事を頼んだのだ。彼らに寄せる期待、大なるものがある。